そっと、ぎゅっと抱きしめて
「あ、はい。こないだは、ご迷惑おかけしました。」
わたしがそう言い、頭を下げると、その男性は「いえいえ、無事で良かったですよ。」と言い、わたしの横まで歩いて来た。
「この絵、俺が描いたんです。」
「えっ、そうなんですか?画家さんだったんですね。」
「まだまだ俺なんて大したことないですけどね。」
そう言いながら、その男性は白いシャツの胸ポケットから名刺を取り出して、それをわたしに差し出した。
わたしはそれを受け取った。
「伊吹、渚さん、、、。」
この作品のタイトルの横に書いてある作者と同じ名前だ。
本当にこの人が描いた絵なんだ。
「この絵の前で立ち止まって見てくれているのに気付いて、つい声を掛けてしまって。そしたら、偶然にもあなただったので。お名前は?」
「あ、三波しずくです。」
「しずくさん、、、素敵な名前ですね。」
褒められ慣れていないわたしは、何と返したら良いか分からず、微笑んで見せた。
すると、伊吹さんは両手をズボンのポケットに入れ、「この絵の女性、俺の母親なんです。」と話し始めた。
「伊吹さんのお母さん?」
「はい。2年前に病死してしまったんですけど、母がこの向日葵畑が大好きで。どうしても向日葵畑に囲まれている母を残したくて描きました。俺の中では一番思い入れのある作品なので、その作品をしずくさんがずっと見ててくれたのが嬉しくて。」
伊吹さんはそう言いながら、絵の中に生きるお母さんを見つめていた。
「この絵を見た瞬間、思ったんです。この女性は愛されてるんだろうなぁって。」
「確かに父は、母のことを愛していました。居なくなった今もですけどね。」
居なくなった今でも愛されている。
わたしには、苦しいくらい羨ましい言葉だった。
わたしは存在していても、誰にも愛されていないのに。