そっと、ぎゅっと抱きしめて

すると、コツコツとピンヒールで歩く音が響いてきて、その音と共に「伊吹先生!」と呼ぶ女性の声が聞こえた。

ふと振り向くと、長い茶色がかった髪を後ろで留め、タイトな膝丈のスカートをはくグレーのスーツ姿の女性がこちらに向かってやや早足で歩み寄って来ているところだった。

「勝手な行動は控えてください。」

伊吹さんに向かって、強めの口調で言う女性。

伊吹さんは少し呆れ顔で「館内に居るんだからいいでしょ。」と言った。

「田尻先生がいらっしゃったので、ご挨拶をお願いします。」
「はいはい。」

伊吹さんを真っ直ぐに見ながら言う女性の言葉に、伊吹さんは軽く返事をしていた。

「じゃあ、俺は行かなきゃいけないんで、ゆっくり観覧してってくださいね。」

わたしに向かって伊吹さんはそう言うと、ムッとした表情の女性について行ってしまった。

その途中、その女性は一度だけチラッとこちらを振り向き、わたしを睨みつけるような表情をした。
それは「わたしの男に近付かないで」そんな声が聞こえてきそうな表情だった。

伊吹さんのマネージャーさんかな。
あの人きっと、伊吹さんのこと好きなんだろうなぁ。
何となく、そう感じた。

再び1人になったわたしは、もう一度、伊吹さんが描いた"ひまわりと生きる"を見ていた。

伊吹さんのお母さん、やっぱり幸せそうだなぁ。
きっと伊吹さんの記憶の中で生き続けるお母さんがこうゆう表情をしているんだろうなぁ。

わたしはその絵から少し幸せのお裾分けしてもらった気分になった。

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