「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~
第13話:廃れた館
〔二人とも、ここが“霧の丘”だ。そして、丘の上に建つのが“廃墟の館”だな〕
“ロコルル”から馬車に乗ること、約一時間。
私たちは目的地の丘に着いた。
道中はどこも晴れていたのに、この周辺だけ薄らと霧がかかる。
“霧の丘”と呼ばれるのも納得できた。
辺りに家々はなく、丘の頂上に一軒だけ大きな家――“廃墟の館”が建つ。
詩の製作のため、馬車に乗りながらルイ様から館の詳細についても聞いた。
歴史が深いようで、建ってからもう半世紀ほど経つらしい。
「霧の中にぼんやりと浮かび上がるのが、ここからでもなんだか不気味です」
〔人気がないのもあり、レイスたちには格好の棲み処だったんだろう〕
私とルイ様は頂上に向かって数歩踏み出したけど、ガルシオさんはむすっとしたまま動かない。
馬車を降りた後も、終始不満げだった。
〔ガルシオ、さっきからどうした。腹でも痛いのか?〕
『……ずっと布を被せられていたらこうなるさ』
フェンリルのガルシオさんを隠すため、ルイ様が考えた策は至ってシンプルだった。
それは……大きな布を被せること。
目と鼻だけは穴を空けてあったみたいだけど、ガルシオさんは雑に扱われた気分になると訴えていた。
しかも、御者さんにはルイ様が新種の犬だとか説明してしまった。
〔すまない。透過魔法などをかければよかったのだが、なるべく魔力は温存しておきたかったんだ〕
『帰りは魔法を使ってくれよな。それと、俺は犬じゃない』
〔悪かった。せめて狼にしておくべきだった〕
『わかればよろしい』
文句を言いつつも、ガルシオさんはとても怒っているわけではない。
二人のやり取りを見ていると、そう感じることができた。
ガルシオさんも私とルイ様の隣に合流し、みんなで丘を登る。
レイスは棲み処の建物から出ることはないので、“廃墟の館”までは安心して進めた。
五分ほど歩くと、“廃墟の館‟に到着した。
いよいよドッペルゲンガーと対峙すると思うと胸がドキドキする。
「緊張してきました……」
〔屋敷に入る前に、外から状況を確認しよう〕
『賛成だ』
私たちは外周に沿ってぐるりと歩く。
館は柵で囲まれており、外からも中の様子が見えた。
門や塀の柵、館の壁に至るまで、蔦が幾重にも巻き付く。
窓ガラスが割れているところも見え、人が住まなくなってからずいぶんと月日が流れたのを感じる。
敷地内にはお庭があるものの草花は枯れ果て、雑草が茂り、地面はひび割れていた。
ルイ様のお屋敷は来訪者を温かく迎える気持ちが伝わったけど、この館は侵入者を拒絶するような雰囲気だ。
昼間なのにやけに暗く見えるのは、きっと霧のせいだけじゃないと思う。
館や庭の様相、感じた気持ちを言葉にしてノートにメモする。
ドッペルゲンガーと出会った後は、辞書をめくる暇もないかもしれない。
真剣に羽根ペンを走らせていたら、ガルシオさんが興味深そうに言った。
『そんな一心不乱に、ポーラは何を書いているんだ?』
「詩に使えそうな言葉のメモです。前もって書いておいた方が慌てなくてすむと思いますので」
『立派な心掛けじゃないか』
〔ポーラはいつも真面目に頑張ってくれるな〕
二人の言葉に笑顔で答える。
ひとしきり偵察が終わり、門の前に戻った。
〔では、中へ入る前に作戦を確認しよう。レイスは館の中を不規則に飛び回る。ドッペルゲンガーも同様だ。散らばるのは危険だから、三人一塊で行動する〕
「わかりました」
『了解だ』
事前にお屋敷で話した作戦通りだ。
報告だと、生息するドッペルゲンガーは一体だけ。
コピーされても、三対一なら数の差でこちらが有利となる。
〔討伐は私が行う。ガルシオはポーラの護衛だ〕
『任せろ。指一本触れさせないさ』
「ありがとうございます。私も十分に注意します」
【言霊】スキルは自分に対しては使えない。
私は魔法もあまり得意ではないので、その分よく周りを見るよう気合いを入れた。
ルイ様、私、ガルシオさんの順番で敷地に入る。
お庭を横切り、そっと玄関を開けると、がらんどうのロビーが私たちを出迎えた。
豪勢なシャンデリアには蜘蛛の巣がかかり、床には埃が積もる。
当たり前だけど明かりは点いておらず、光源は窓から差し込む太陽の弱い光だけだ。
ルイ様が空中に手をかざすと、白い光を放つ小さな火球が現れた。
数m先まで照らされホッとする。
〔大丈夫か、ポーラ。怖かったら外で待っていても構わんが〕
「いえ、大丈夫です。ちょっと暗くて緊張しただけですので」
いつもの魔法文字もキラキラと光って私を励ましてくれた。
強がりなどではない。
ルイ様やガルシオさんがいると思うと、ドッペルゲンガーの潜む館でも無事に進めると思えた。
〔わかった。だが、あまり無理はするな。この館は二階建てなので、上から下に降りてこよう〕
『後ろの見張りは任せろ』
「お願いします」
ロビーにある大階段を昇り、まずは二階に向かう。
真っ直ぐな廊下が左右に伸びる。
床には深い赤色の絨毯が引かれるも、汚れで黒っぽく見えた。
壁には均等に扉があるので、住民の居住区なのだろう。
まずは北に面する右側を調べることになった。
ルイ様が扉をそっと開け、中の様子を確認する。
私も後ろから静かに覗いた。
数脚の椅子と丸テーブルがあるけど、ロビーと同じがらんどうの部屋が広がる。
ドッペルゲンガーの気配は感じなかった。
〔何もいないな。ドッペルゲンガーは別の場所にいるようだ〕
「みたいですね」
『これを繰り返すとなると、確実だが大変な作業になるな』
扉は開けたままにして廊下に戻る。
正面に続くのは暗闇。
ガルシオさんの言うように、結構大変な仕事になりそうだと思ったとき――。
不意に、ルイ様が片手を上げて私たちを止めた。
ガルシオさんも耳がピクッと立ち、睨むように廊下の暗がりを見る。
〔気をつけろ、二人とも。思ったより早い接触となった〕
「は、はいっ」
『逆に探す手間が省けたな』
胸の底から湧き上がる緊張を押し殺す。
どんな人も飲み込んでしまうような深い暗闇から、もう一人のルイ様が現れた。
“ロコルル”から馬車に乗ること、約一時間。
私たちは目的地の丘に着いた。
道中はどこも晴れていたのに、この周辺だけ薄らと霧がかかる。
“霧の丘”と呼ばれるのも納得できた。
辺りに家々はなく、丘の頂上に一軒だけ大きな家――“廃墟の館”が建つ。
詩の製作のため、馬車に乗りながらルイ様から館の詳細についても聞いた。
歴史が深いようで、建ってからもう半世紀ほど経つらしい。
「霧の中にぼんやりと浮かび上がるのが、ここからでもなんだか不気味です」
〔人気がないのもあり、レイスたちには格好の棲み処だったんだろう〕
私とルイ様は頂上に向かって数歩踏み出したけど、ガルシオさんはむすっとしたまま動かない。
馬車を降りた後も、終始不満げだった。
〔ガルシオ、さっきからどうした。腹でも痛いのか?〕
『……ずっと布を被せられていたらこうなるさ』
フェンリルのガルシオさんを隠すため、ルイ様が考えた策は至ってシンプルだった。
それは……大きな布を被せること。
目と鼻だけは穴を空けてあったみたいだけど、ガルシオさんは雑に扱われた気分になると訴えていた。
しかも、御者さんにはルイ様が新種の犬だとか説明してしまった。
〔すまない。透過魔法などをかければよかったのだが、なるべく魔力は温存しておきたかったんだ〕
『帰りは魔法を使ってくれよな。それと、俺は犬じゃない』
〔悪かった。せめて狼にしておくべきだった〕
『わかればよろしい』
文句を言いつつも、ガルシオさんはとても怒っているわけではない。
二人のやり取りを見ていると、そう感じることができた。
ガルシオさんも私とルイ様の隣に合流し、みんなで丘を登る。
レイスは棲み処の建物から出ることはないので、“廃墟の館”までは安心して進めた。
五分ほど歩くと、“廃墟の館‟に到着した。
いよいよドッペルゲンガーと対峙すると思うと胸がドキドキする。
「緊張してきました……」
〔屋敷に入る前に、外から状況を確認しよう〕
『賛成だ』
私たちは外周に沿ってぐるりと歩く。
館は柵で囲まれており、外からも中の様子が見えた。
門や塀の柵、館の壁に至るまで、蔦が幾重にも巻き付く。
窓ガラスが割れているところも見え、人が住まなくなってからずいぶんと月日が流れたのを感じる。
敷地内にはお庭があるものの草花は枯れ果て、雑草が茂り、地面はひび割れていた。
ルイ様のお屋敷は来訪者を温かく迎える気持ちが伝わったけど、この館は侵入者を拒絶するような雰囲気だ。
昼間なのにやけに暗く見えるのは、きっと霧のせいだけじゃないと思う。
館や庭の様相、感じた気持ちを言葉にしてノートにメモする。
ドッペルゲンガーと出会った後は、辞書をめくる暇もないかもしれない。
真剣に羽根ペンを走らせていたら、ガルシオさんが興味深そうに言った。
『そんな一心不乱に、ポーラは何を書いているんだ?』
「詩に使えそうな言葉のメモです。前もって書いておいた方が慌てなくてすむと思いますので」
『立派な心掛けじゃないか』
〔ポーラはいつも真面目に頑張ってくれるな〕
二人の言葉に笑顔で答える。
ひとしきり偵察が終わり、門の前に戻った。
〔では、中へ入る前に作戦を確認しよう。レイスは館の中を不規則に飛び回る。ドッペルゲンガーも同様だ。散らばるのは危険だから、三人一塊で行動する〕
「わかりました」
『了解だ』
事前にお屋敷で話した作戦通りだ。
報告だと、生息するドッペルゲンガーは一体だけ。
コピーされても、三対一なら数の差でこちらが有利となる。
〔討伐は私が行う。ガルシオはポーラの護衛だ〕
『任せろ。指一本触れさせないさ』
「ありがとうございます。私も十分に注意します」
【言霊】スキルは自分に対しては使えない。
私は魔法もあまり得意ではないので、その分よく周りを見るよう気合いを入れた。
ルイ様、私、ガルシオさんの順番で敷地に入る。
お庭を横切り、そっと玄関を開けると、がらんどうのロビーが私たちを出迎えた。
豪勢なシャンデリアには蜘蛛の巣がかかり、床には埃が積もる。
当たり前だけど明かりは点いておらず、光源は窓から差し込む太陽の弱い光だけだ。
ルイ様が空中に手をかざすと、白い光を放つ小さな火球が現れた。
数m先まで照らされホッとする。
〔大丈夫か、ポーラ。怖かったら外で待っていても構わんが〕
「いえ、大丈夫です。ちょっと暗くて緊張しただけですので」
いつもの魔法文字もキラキラと光って私を励ましてくれた。
強がりなどではない。
ルイ様やガルシオさんがいると思うと、ドッペルゲンガーの潜む館でも無事に進めると思えた。
〔わかった。だが、あまり無理はするな。この館は二階建てなので、上から下に降りてこよう〕
『後ろの見張りは任せろ』
「お願いします」
ロビーにある大階段を昇り、まずは二階に向かう。
真っ直ぐな廊下が左右に伸びる。
床には深い赤色の絨毯が引かれるも、汚れで黒っぽく見えた。
壁には均等に扉があるので、住民の居住区なのだろう。
まずは北に面する右側を調べることになった。
ルイ様が扉をそっと開け、中の様子を確認する。
私も後ろから静かに覗いた。
数脚の椅子と丸テーブルがあるけど、ロビーと同じがらんどうの部屋が広がる。
ドッペルゲンガーの気配は感じなかった。
〔何もいないな。ドッペルゲンガーは別の場所にいるようだ〕
「みたいですね」
『これを繰り返すとなると、確実だが大変な作業になるな』
扉は開けたままにして廊下に戻る。
正面に続くのは暗闇。
ガルシオさんの言うように、結構大変な仕事になりそうだと思ったとき――。
不意に、ルイ様が片手を上げて私たちを止めた。
ガルシオさんも耳がピクッと立ち、睨むように廊下の暗がりを見る。
〔気をつけろ、二人とも。思ったより早い接触となった〕
「は、はいっ」
『逆に探す手間が省けたな』
胸の底から湧き上がる緊張を押し殺す。
どんな人も飲み込んでしまうような深い暗闇から、もう一人のルイ様が現れた。