「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~
第16話:安らかな眠りとのど飴
「今、詩を書くから少し待っていて」
「ポーラさんが僕のために詩を詠ってくれるなんて嬉しいです」
「絶対によく眠れるようにするからね」
辞書を開いて言葉を探す。
アレン君の話を、火事の様子を思い出しながら……。
轟々と燃え盛る炎を頭に浮かべるのは怖かったけど、アレン君の方が私の何倍も怖くて辛い目に遭っているのだ。
そう思うと、手を止めようなんてまったく思わなかった。
羽根ペンを走らせて詩を書きあげる。
「できたわ、アレン君」
「ありがとうございます、楽しみです」
アレン君の安眠を願って、私は詩を詠う。
――
北の屋敷で出会うは
気丈な少年
小さき体躯に宿るは
強い意思
その小さき体躯に導かれ
私は今日も難なく過ごせる
気丈な少年の夢に巣食う
燃ゆる悪魔よ
立ち去りたまえ
気丈な少年の夢路より
立ち去りたまえ
お前の棲み処ではないのだ
気丈な少年よ
心穏やかであれ
安らかなる眠りが
今ここに訪れる
――
詩を詠い終わると、いつもと同じ白い光がアレン君の身体を覆う。
五秒ほど包んだかと思うと、静かに消えた。
「はい、これで終わりよ。実際に寝てみないとわからないけど、もう悪夢に悩まされることはないはずよ」
「ありがとうございます、ポーラさん。……なんだか、急に眠たくなってきました」
アレン君はふわ~っと、あくびを押し殺しながら言う。
とても眠そうな様子を見て、ルイ様は魔法文字にて伝えた。
〔疲れたろう。今日はもう休みなさい〕
「いや、しかし、辺境伯様……まだ仕事が残っております。割ってしまった花瓶の後片付けも……」
「後は私たちがやっておくから安心して。アレン君はゆっくり休んだ方がいいわ」
「そうよ。寝不足のまま仕事をしても危ないでしょ。無理はしないでもう休みなさい、アレン」
アレン君は責任感が強いので、休んでいいと言われても首を縦には振らなかった。
でも、みんなで説得すると、休むと言ってくれた。
「皆さん……ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて休ませていただこうと思います。明日からは今まで通り仕事をしますので……」
アレン君はあくびをしながら自室へ歩く。
その後ろ姿を、私たちはホッとしながら見送った。
ゆっくり休めるといいな。
「じゃあ、ポーラちゃん、花瓶を片付けようか。わたしが袋に入れるから、箒で集めてくれる?」
「わかった。気をつけてね」
エヴァさんと一緒に花瓶を片付けようとしたら、ルイ様に止められた。
〔待ちなさい。細かい破片が多い。君たちが怪我をするとまずいから、私が片付けよう〕
ルイ様がサッと指を振ると、花瓶の破片と落ちたお花が宙に浮かぶ。
どちらも全部、吸い込まれるように袋へ入ってしまった。
「す、すごい……あっという間に破片が回収されました。ありがとうございます、ルイ様」
「辺境伯様、深く感謝申し上げます」
〔これくらい大したことではない〕
そう書くと、ルイ様は階段を昇り二階に戻る。
私とエヴァさんも掃除を再開。
三十分も経ったら水拭きまで完了した。
ルイ様が破片を全て回収してくれたから、ずいぶんと早く終えられた。
「じゃあ、ちょっとルイ様のところに行ってくるね」
「うん。わたしはアレンの様子を見てくる」
掃除用具を片付け、ルイ様の執務室へ向かう。
コツコツと扉を叩く。
「ルイ様、失礼いたします。ポーラでございます」
ほどなくして、扉がそっと開いた。
中に入るよう書かれたので、ルイ様に続いて室内にお邪魔する。
執務室は私たち勤め人の部屋より五倍は広い。
家具はルイ様が使われる黒塗りの大きな机と椅子のみで、壁の本棚には難しそうな本がぎっしりと詰まる。
カーテンと窓が開けられていることもあり、柔らかな陽光が温かく差し込んでいた。
〔掃除はもう終わったのか?〕
「はい、これもルイ様が花瓶の破片を片付けてくださったおかげです。ありがとうございました」
お辞儀しながらお礼を言う。
頭を上げると、ちょうど視線の位置に魔法文字が書かれていた。
〔いや、礼を言うのは私の方だ。先ほどは、アレンに【言霊】スキルを使ってくれてありがとう。今夜から彼もよく眠れるだろう〕
「いえ、私は自分にできることをしただけですので……。アレン君のためを思ったら、何かせずにはいられませんでした。私も悪夢を見たとき、苦しかったのを覚えています」
正直な気持ちだった。
アレン君の辛さを思うといても立ってもいられなかったのだ。
私も何度か悪夢を見たことがある。
安らかな眠りのはずが、辛い時間になるのは本当に苦しかった。
ルイ様は私の話を聞くと、静かに書いてくれた。
〔君はいつも他人のために頑張ってくれるな。当主として、改めて礼を言わせてもらう。君ほど心優しい人間はなかなかいないだろう〕
「ルイ様……」
魔法文字の柔らかさからも、ルイ様の穏やかな想いが伝わるようだった。
心なしか、お部屋もさらに明るくなったような気がする。
〔さて、君に渡したい物とは……これだ〕
そう書くと、ルイ様は机の引き出しから一つの小瓶を取り出した。
透明の瓶の中に、明るい橙色をした大きな粒がいくつも入っている。
手渡され明かりにかざしてみると、キラキラと光が透けて綺麗に輝いた。
「ルイ様、これは飴……でしょうか?」
〔ああ、それはのど飴だ。王都から取り寄せた特別な品でな、果物の他に薬草の成分も入っているんだ。舐めると喉が大変に潤うと聞いた〕
「のど飴だったのですね。ありがとうございます……ですが、王都から取り寄せなんてとても高価な品だと思います。私などが食べてはもったいです」
王都にあるお店は、どれも大変にお高い。
宮殿に近いし公爵などの偉い貴族の家々もあるからだ。
こののど飴だって、たいそう高いに違いない。
〔気にしないでくれ。君の【言霊】は喉に負担がかかるかもしれないと思ってな。その飴で少しでも癒されてくれたら嬉しい。君の頑張りに対する私からのお礼だ。……受け取ってくれるか?〕
ルイ様の文字が目に入るたび、じわじわと胸の中に嬉しさが満ちる。
私のことをちゃんと見てくださっているんだ。
そう思うと、嬉しさと喜びで胸がいっぱいになってしまった。
「はいっ、そういうことでしたらありがたく頂戴しますっ。ありがとうございます、ルイ様!」
〔受け取ってくれて良かった〕
さっそく、ルイ様にもらったのど飴を食べる。
カロッとした軽い音とともに、甘酸っぱい優しい味が口いっぱいに広がった。
瞬く間に喉が潤う。
こんなにおいしい飴を食べたのは初めてだ。
カロカロと口の中で転がすたび楽しい気持ちになる。
のど飴を舐めながら小瓶を見ていると、ふと思った。
ルイ様に差し出して話す。
「あの、ルイ様もいかがですか?」
〔私も?〕
「はい。私がこうしてのど飴を食べていられるのも、ルイ様がお屋敷に置いてくれたからです。日頃の感謝を込めて私からのお礼……と言ったら変ですかね」
少しでも感謝の気持ちをお伝えしたい。
それに、自分一人だけこんなおいしい思いをしているのは悪い気になった。
ルイ様にも味わっていただきたいな。
しばらくした後、ルイ様は一粒取りそっとお口に入れた。
カロッと音が鳴る。
〔……うまいな〕
爽やかな風が吹き、カーテンが軽やかに舞い上がる。
陽光に照らされ、ルイ様の魔法文字が鮮やかに輝いた。
「ポーラさんが僕のために詩を詠ってくれるなんて嬉しいです」
「絶対によく眠れるようにするからね」
辞書を開いて言葉を探す。
アレン君の話を、火事の様子を思い出しながら……。
轟々と燃え盛る炎を頭に浮かべるのは怖かったけど、アレン君の方が私の何倍も怖くて辛い目に遭っているのだ。
そう思うと、手を止めようなんてまったく思わなかった。
羽根ペンを走らせて詩を書きあげる。
「できたわ、アレン君」
「ありがとうございます、楽しみです」
アレン君の安眠を願って、私は詩を詠う。
――
北の屋敷で出会うは
気丈な少年
小さき体躯に宿るは
強い意思
その小さき体躯に導かれ
私は今日も難なく過ごせる
気丈な少年の夢に巣食う
燃ゆる悪魔よ
立ち去りたまえ
気丈な少年の夢路より
立ち去りたまえ
お前の棲み処ではないのだ
気丈な少年よ
心穏やかであれ
安らかなる眠りが
今ここに訪れる
――
詩を詠い終わると、いつもと同じ白い光がアレン君の身体を覆う。
五秒ほど包んだかと思うと、静かに消えた。
「はい、これで終わりよ。実際に寝てみないとわからないけど、もう悪夢に悩まされることはないはずよ」
「ありがとうございます、ポーラさん。……なんだか、急に眠たくなってきました」
アレン君はふわ~っと、あくびを押し殺しながら言う。
とても眠そうな様子を見て、ルイ様は魔法文字にて伝えた。
〔疲れたろう。今日はもう休みなさい〕
「いや、しかし、辺境伯様……まだ仕事が残っております。割ってしまった花瓶の後片付けも……」
「後は私たちがやっておくから安心して。アレン君はゆっくり休んだ方がいいわ」
「そうよ。寝不足のまま仕事をしても危ないでしょ。無理はしないでもう休みなさい、アレン」
アレン君は責任感が強いので、休んでいいと言われても首を縦には振らなかった。
でも、みんなで説得すると、休むと言ってくれた。
「皆さん……ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて休ませていただこうと思います。明日からは今まで通り仕事をしますので……」
アレン君はあくびをしながら自室へ歩く。
その後ろ姿を、私たちはホッとしながら見送った。
ゆっくり休めるといいな。
「じゃあ、ポーラちゃん、花瓶を片付けようか。わたしが袋に入れるから、箒で集めてくれる?」
「わかった。気をつけてね」
エヴァさんと一緒に花瓶を片付けようとしたら、ルイ様に止められた。
〔待ちなさい。細かい破片が多い。君たちが怪我をするとまずいから、私が片付けよう〕
ルイ様がサッと指を振ると、花瓶の破片と落ちたお花が宙に浮かぶ。
どちらも全部、吸い込まれるように袋へ入ってしまった。
「す、すごい……あっという間に破片が回収されました。ありがとうございます、ルイ様」
「辺境伯様、深く感謝申し上げます」
〔これくらい大したことではない〕
そう書くと、ルイ様は階段を昇り二階に戻る。
私とエヴァさんも掃除を再開。
三十分も経ったら水拭きまで完了した。
ルイ様が破片を全て回収してくれたから、ずいぶんと早く終えられた。
「じゃあ、ちょっとルイ様のところに行ってくるね」
「うん。わたしはアレンの様子を見てくる」
掃除用具を片付け、ルイ様の執務室へ向かう。
コツコツと扉を叩く。
「ルイ様、失礼いたします。ポーラでございます」
ほどなくして、扉がそっと開いた。
中に入るよう書かれたので、ルイ様に続いて室内にお邪魔する。
執務室は私たち勤め人の部屋より五倍は広い。
家具はルイ様が使われる黒塗りの大きな机と椅子のみで、壁の本棚には難しそうな本がぎっしりと詰まる。
カーテンと窓が開けられていることもあり、柔らかな陽光が温かく差し込んでいた。
〔掃除はもう終わったのか?〕
「はい、これもルイ様が花瓶の破片を片付けてくださったおかげです。ありがとうございました」
お辞儀しながらお礼を言う。
頭を上げると、ちょうど視線の位置に魔法文字が書かれていた。
〔いや、礼を言うのは私の方だ。先ほどは、アレンに【言霊】スキルを使ってくれてありがとう。今夜から彼もよく眠れるだろう〕
「いえ、私は自分にできることをしただけですので……。アレン君のためを思ったら、何かせずにはいられませんでした。私も悪夢を見たとき、苦しかったのを覚えています」
正直な気持ちだった。
アレン君の辛さを思うといても立ってもいられなかったのだ。
私も何度か悪夢を見たことがある。
安らかな眠りのはずが、辛い時間になるのは本当に苦しかった。
ルイ様は私の話を聞くと、静かに書いてくれた。
〔君はいつも他人のために頑張ってくれるな。当主として、改めて礼を言わせてもらう。君ほど心優しい人間はなかなかいないだろう〕
「ルイ様……」
魔法文字の柔らかさからも、ルイ様の穏やかな想いが伝わるようだった。
心なしか、お部屋もさらに明るくなったような気がする。
〔さて、君に渡したい物とは……これだ〕
そう書くと、ルイ様は机の引き出しから一つの小瓶を取り出した。
透明の瓶の中に、明るい橙色をした大きな粒がいくつも入っている。
手渡され明かりにかざしてみると、キラキラと光が透けて綺麗に輝いた。
「ルイ様、これは飴……でしょうか?」
〔ああ、それはのど飴だ。王都から取り寄せた特別な品でな、果物の他に薬草の成分も入っているんだ。舐めると喉が大変に潤うと聞いた〕
「のど飴だったのですね。ありがとうございます……ですが、王都から取り寄せなんてとても高価な品だと思います。私などが食べてはもったいです」
王都にあるお店は、どれも大変にお高い。
宮殿に近いし公爵などの偉い貴族の家々もあるからだ。
こののど飴だって、たいそう高いに違いない。
〔気にしないでくれ。君の【言霊】は喉に負担がかかるかもしれないと思ってな。その飴で少しでも癒されてくれたら嬉しい。君の頑張りに対する私からのお礼だ。……受け取ってくれるか?〕
ルイ様の文字が目に入るたび、じわじわと胸の中に嬉しさが満ちる。
私のことをちゃんと見てくださっているんだ。
そう思うと、嬉しさと喜びで胸がいっぱいになってしまった。
「はいっ、そういうことでしたらありがたく頂戴しますっ。ありがとうございます、ルイ様!」
〔受け取ってくれて良かった〕
さっそく、ルイ様にもらったのど飴を食べる。
カロッとした軽い音とともに、甘酸っぱい優しい味が口いっぱいに広がった。
瞬く間に喉が潤う。
こんなにおいしい飴を食べたのは初めてだ。
カロカロと口の中で転がすたび楽しい気持ちになる。
のど飴を舐めながら小瓶を見ていると、ふと思った。
ルイ様に差し出して話す。
「あの、ルイ様もいかがですか?」
〔私も?〕
「はい。私がこうしてのど飴を食べていられるのも、ルイ様がお屋敷に置いてくれたからです。日頃の感謝を込めて私からのお礼……と言ったら変ですかね」
少しでも感謝の気持ちをお伝えしたい。
それに、自分一人だけこんなおいしい思いをしているのは悪い気になった。
ルイ様にも味わっていただきたいな。
しばらくした後、ルイ様は一粒取りそっとお口に入れた。
カロッと音が鳴る。
〔……うまいな〕
爽やかな風が吹き、カーテンが軽やかに舞い上がる。
陽光に照らされ、ルイ様の魔法文字が鮮やかに輝いた。