「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~
第21話:樹木医
「……古の時代の結界魔法でも開いてしまうなんて、ポーラちゃんはすごい力の持ち主だ」
「【言霊】スキルは世界的に見ても類まれなスキルですね。そのうち、魔法学園から偉い人が調べに来ちゃうかもしれませんよ」
『さすがは俺たちのポーラだな。まさしく規格外の女性だ』
よく晴れた昼下がり、お庭を掃除しながら私はエヴァさん、アレン君、ガルシオさんに囲まれる。
“御影の書”の解読から一夜明け、いつもの日常が戻ってきた。
「ポーラちゃん、地下倉庫のお話を教えて」
「僕も姉さんも、気になって気になってしょうがないんですよ」
『俺だって気になるぞ。なにせ、一度も入ったことがないんだからな』
三人は興奮した様子で私に詰め寄る。
昨日はお屋敷に戻った後、すぐに仕事があったので、あまり詳しくは話せなかったのだ。
ルイ様から、話す分には別に構わないと言われていた。
私自身、あの貴重な時間を思い出すようにして、みんなにお話しする。
「階段の中は松明もないんだけど、ルイ様が魔法で照らしてくださって……地下にはアングルヴァン家に伝わる貴重な魔道具の数々が……」
「『うんうん!』」
階段を降りたときの別世界に来たような感覚や、地下倉庫に保管されていた価値ある魔道具たち、そして古の時代より伝わる“御影の書”……。
三人とも目を輝かせて聞いていた。
古代魔法のことはまた今度、ルイ様の許可をいただいてからお話ししようと思う。
「……ルイ様のおかげで、私は本当に得難い経験をしました。一生忘れないでしょう」
「ポーラさんが羨ましいです。僕もいつか自分の目で見たいですね」
『そのうち、フェンリルの魔道具も発見されてほしいな』
アレン君とガルシオさんは楽しそうに話すも、エヴァさんは何やら深刻な顔だった。
なんだか心配になる。
「エヴァさん、どうしたの? 頭でも痛い?」
「やっぱり……地下倉庫は怖かった?」
「えっ……」
打って変わって、エヴァさんはワクワクした様子で尋ねる。
具合は悪くなさそうで安心したものの、ちょっとばかし拍子抜けした気分で応えた。
「暗かったけど、別に怖くはなかったよ。ルイ様もいらっしゃったし、貴重な魔道具も怖いというより荘厳で威厳のある物ばかりだったね」
「そうなんだ……」
正直に伝えるとしょんぼりしてしまったので、慌てて怖かったと伝え直す。
……そうだ、エヴァさんは怖がるのが好きなんだ。
「地下に続く階段はまるで地獄への階段のようで……眠りに就く魔道具が目覚めた瞬間を想像すると背筋が凍って……」
「やっぱり! ひぃぃ、おそろしやっ!」
頑張って低い声で話すと予想以上に怖がってくれた。
ふと、森の方を見ると、ルイ様がこっちに来るのが見える。
隣には、四角い鞄を携えた見知らぬ中年の女性がいた。
お客さんかな。
荷物をお持ちするため、エヴァさんたちと急ぐ。
ガルシオさんはお客さんを驚かさないように、こっそりとお庭の花壇に隠れた。
「「こんにちはっ。お荷物お持ちします」」
「ありがとうよ。でも、大丈夫さ。見た目ほど重くはないからね」
女性は鳶色の髪を頭の後ろで一つに縛っており、キリッとしたこれまた鳶色の目が力強い。
お歳は五十代半ばくらいかな。
ルイ様が魔法文字を書いて紹介してくれた。
〔この女性はマルグリット。私の古い知り合いで、“ロコルル”近辺で一番の樹木医だ〕
「「樹木医の方なのですか!?」」
私たち三人は、思わず驚きの声を出してしまった。
樹木医とは、その名の通り樹を専門に診る医術師だ。
王国でも数が少なく、私も初めてお会いした。
「よろしくね、三人とも。あいにくと、そんな驚くようなもんじゃないよ」
私たちは自己紹介し、マルグリットさんと挨拶を交わす。
男性のように力強い握手だった。
いつの間にか、ガルシオさんも私たちのすぐ近くに来ていた。
『久しぶりだな、マルグリット。元気か?』
「ああ、もちろん元気だよ。あんたも健康そうだね。ちょっと太ったかい?」
『太っちゃいないさ』
ガルシオさんとも面識があるらしく、二人は楽しそうに話していた。
互いに自己紹介が終わったところで、ルイ様がサラサラと魔法文字を書く。
〔彼女に来てもらったのは、ある樹の治療を頼みたいからだ。もっとも、すでに何度か診察を頼んでいたのだがな〕
「森の中でもだいぶ奥にあるから、いつも直接行っていたのさ。挨拶が遅れちまってすまないねぇ」
申し訳なさそうに、マルグリットさんは苦笑いする。
樹木医が来るくらいだから、特別大事な樹なのかな。
「お屋敷の大切な樹なのですか?」
〔ああ、古代樹だ〕
「こ、古代樹っ!?」
私がルイ様に尋ねると、またもや驚きの言葉を返されてしまった。
森の奥にはそんな大事な樹があったんだ……。
古代樹とは、古の時代から生きる大変に貴重な樹木。
世界的に見ても、十本あるかないかと言われている。
樹は長い歴史の中で枯れてしまったり、燃えてしまったり、伐採されてしまったりと、唐突にその寿命を終えることがある。
自分では動けないし……。
そんな貴重な樹が領地の中に生えているなんて、やっぱりルイ様はすごい家系の人なんだな、と改めて思った。
〔先代の辺境伯……つまり、私の両親との思い出が詰まる樹なのだが、もう限界らしい。切り倒すしかないだろうな〕
「あたしも秘薬やポーションを何度も調合したんだけどね……効果がないんだよ。古い樹だし、寿命がきちまったのかもしれないね……」
ルイ様もマルグリットさんも、暗い顔で俯く。
私はまだ見たことがないけど、二人の表情から至極深刻な状況なんだなと想像ついた。
ガルシオさんもまた、辛そうな表情で話す。
『俺も元気になれ、と祈ってはいたんだが……』
〔ありがとう、ガルシオ〕
「あたしは自分の力不足が悔しいよ」
みんなの話を聞くうちに、私の心はとある気持ちが強くなった。
どうにかしたい……という強い気持ちが。
「お願いです、ルイ様、マルグリットさん。私に……その古代樹を治療させてくれませんか?」
気がついたら力強くお願いしていた。
ルイ様の思い出が詰まった大事な樹。
切り倒してしまうなんて絶対にイヤだから。
「【言霊】スキルは世界的に見ても類まれなスキルですね。そのうち、魔法学園から偉い人が調べに来ちゃうかもしれませんよ」
『さすがは俺たちのポーラだな。まさしく規格外の女性だ』
よく晴れた昼下がり、お庭を掃除しながら私はエヴァさん、アレン君、ガルシオさんに囲まれる。
“御影の書”の解読から一夜明け、いつもの日常が戻ってきた。
「ポーラちゃん、地下倉庫のお話を教えて」
「僕も姉さんも、気になって気になってしょうがないんですよ」
『俺だって気になるぞ。なにせ、一度も入ったことがないんだからな』
三人は興奮した様子で私に詰め寄る。
昨日はお屋敷に戻った後、すぐに仕事があったので、あまり詳しくは話せなかったのだ。
ルイ様から、話す分には別に構わないと言われていた。
私自身、あの貴重な時間を思い出すようにして、みんなにお話しする。
「階段の中は松明もないんだけど、ルイ様が魔法で照らしてくださって……地下にはアングルヴァン家に伝わる貴重な魔道具の数々が……」
「『うんうん!』」
階段を降りたときの別世界に来たような感覚や、地下倉庫に保管されていた価値ある魔道具たち、そして古の時代より伝わる“御影の書”……。
三人とも目を輝かせて聞いていた。
古代魔法のことはまた今度、ルイ様の許可をいただいてからお話ししようと思う。
「……ルイ様のおかげで、私は本当に得難い経験をしました。一生忘れないでしょう」
「ポーラさんが羨ましいです。僕もいつか自分の目で見たいですね」
『そのうち、フェンリルの魔道具も発見されてほしいな』
アレン君とガルシオさんは楽しそうに話すも、エヴァさんは何やら深刻な顔だった。
なんだか心配になる。
「エヴァさん、どうしたの? 頭でも痛い?」
「やっぱり……地下倉庫は怖かった?」
「えっ……」
打って変わって、エヴァさんはワクワクした様子で尋ねる。
具合は悪くなさそうで安心したものの、ちょっとばかし拍子抜けした気分で応えた。
「暗かったけど、別に怖くはなかったよ。ルイ様もいらっしゃったし、貴重な魔道具も怖いというより荘厳で威厳のある物ばかりだったね」
「そうなんだ……」
正直に伝えるとしょんぼりしてしまったので、慌てて怖かったと伝え直す。
……そうだ、エヴァさんは怖がるのが好きなんだ。
「地下に続く階段はまるで地獄への階段のようで……眠りに就く魔道具が目覚めた瞬間を想像すると背筋が凍って……」
「やっぱり! ひぃぃ、おそろしやっ!」
頑張って低い声で話すと予想以上に怖がってくれた。
ふと、森の方を見ると、ルイ様がこっちに来るのが見える。
隣には、四角い鞄を携えた見知らぬ中年の女性がいた。
お客さんかな。
荷物をお持ちするため、エヴァさんたちと急ぐ。
ガルシオさんはお客さんを驚かさないように、こっそりとお庭の花壇に隠れた。
「「こんにちはっ。お荷物お持ちします」」
「ありがとうよ。でも、大丈夫さ。見た目ほど重くはないからね」
女性は鳶色の髪を頭の後ろで一つに縛っており、キリッとしたこれまた鳶色の目が力強い。
お歳は五十代半ばくらいかな。
ルイ様が魔法文字を書いて紹介してくれた。
〔この女性はマルグリット。私の古い知り合いで、“ロコルル”近辺で一番の樹木医だ〕
「「樹木医の方なのですか!?」」
私たち三人は、思わず驚きの声を出してしまった。
樹木医とは、その名の通り樹を専門に診る医術師だ。
王国でも数が少なく、私も初めてお会いした。
「よろしくね、三人とも。あいにくと、そんな驚くようなもんじゃないよ」
私たちは自己紹介し、マルグリットさんと挨拶を交わす。
男性のように力強い握手だった。
いつの間にか、ガルシオさんも私たちのすぐ近くに来ていた。
『久しぶりだな、マルグリット。元気か?』
「ああ、もちろん元気だよ。あんたも健康そうだね。ちょっと太ったかい?」
『太っちゃいないさ』
ガルシオさんとも面識があるらしく、二人は楽しそうに話していた。
互いに自己紹介が終わったところで、ルイ様がサラサラと魔法文字を書く。
〔彼女に来てもらったのは、ある樹の治療を頼みたいからだ。もっとも、すでに何度か診察を頼んでいたのだがな〕
「森の中でもだいぶ奥にあるから、いつも直接行っていたのさ。挨拶が遅れちまってすまないねぇ」
申し訳なさそうに、マルグリットさんは苦笑いする。
樹木医が来るくらいだから、特別大事な樹なのかな。
「お屋敷の大切な樹なのですか?」
〔ああ、古代樹だ〕
「こ、古代樹っ!?」
私がルイ様に尋ねると、またもや驚きの言葉を返されてしまった。
森の奥にはそんな大事な樹があったんだ……。
古代樹とは、古の時代から生きる大変に貴重な樹木。
世界的に見ても、十本あるかないかと言われている。
樹は長い歴史の中で枯れてしまったり、燃えてしまったり、伐採されてしまったりと、唐突にその寿命を終えることがある。
自分では動けないし……。
そんな貴重な樹が領地の中に生えているなんて、やっぱりルイ様はすごい家系の人なんだな、と改めて思った。
〔先代の辺境伯……つまり、私の両親との思い出が詰まる樹なのだが、もう限界らしい。切り倒すしかないだろうな〕
「あたしも秘薬やポーションを何度も調合したんだけどね……効果がないんだよ。古い樹だし、寿命がきちまったのかもしれないね……」
ルイ様もマルグリットさんも、暗い顔で俯く。
私はまだ見たことがないけど、二人の表情から至極深刻な状況なんだなと想像ついた。
ガルシオさんもまた、辛そうな表情で話す。
『俺も元気になれ、と祈ってはいたんだが……』
〔ありがとう、ガルシオ〕
「あたしは自分の力不足が悔しいよ」
みんなの話を聞くうちに、私の心はとある気持ちが強くなった。
どうにかしたい……という強い気持ちが。
「お願いです、ルイ様、マルグリットさん。私に……その古代樹を治療させてくれませんか?」
気がついたら力強くお願いしていた。
ルイ様の思い出が詰まった大事な樹。
切り倒してしまうなんて絶対にイヤだから。