「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~
第26話:王様が来た(Side:シルヴィー④)
「……どうして、誰も来ないのかしらぁ?」
もう閉店の時間というのに、"言霊館 ver.シルヴィー”の中は一日中がらんとした空気に包まれていた。
ドアベルが鳴る音も、依頼を頼む声も、客たちの話し声もまるでない。
いつからか、客がさっぱりと来なくなった。
子ども大人も年寄りも全部だ。
あんなに文句を言いに来ていたくせに用が済んだら、はい終わり?
ふざけんじゃないわよ。
言い逃げされた気分でむしゃくしゃする。
やり場のない怒りに身を焦がしていたら、カランッとドアベルが鳴った。
有力貴族の令息かしら!?
「いらっしゃ~い……なんだ、リュシアン様ですか」
入ってきたのは見慣れた金髪の男性。
客かと思ったらリュシアン様だった。
期待させるんじゃないわよ。
間の悪い人ね。
リュシアン様は店の中を見渡しながら話す。
「今日も客がいねえな。ここ三日ほど、ずっと誰も来てねえよ」
「そうなんですのぉ。どうしかしてくださいませんかぁ? リュシアン様のツテで有名な貴族の方を呼んでくださいましぃ」
腕にしな垂れかかりながら、さりげなく有力貴族との接触を頼んだ。
ククク……使える物は何でも使うわよ。
伯爵家ともなれば、有名な貴族の知り合いも多いはず。
そんなリュシアン様は宙を見ながら考える。
「俺のツテねぇ……」
「そうでございますわぁ」
「めんどくせえな」
……は?
めんどくさがるなよ、このボンボンが。
可愛くて尊くて美しい、絶世の美女たる婚約者からの頼みでしょう。
めんどくさいどころか、むしろリュシアン様から協力を申し出るレベルの話だ。
「リュシアン様ぁ、そこをどうにかお願いしますわぁ。このままじゃ、"言霊館 ver.シルヴィー”が潰れてしまいますぅ」
どうにか引きつった笑みを浮かべ、なおもやる気のないリュシアン様を揺する。
あたくしの言うとおりにしなさいよ。
もっと激しく揺すろうかと思ったとき、リュシアン様が衝撃的なセリフを吐いた。
「そういや、街でお前の悪口を聞いたぞ」
「なんですって!? 詳しく聞かせてくださいまし!」
「どうやら、この前来た客たちが広めているようだ」
そのまま、リュシアン様から話を聞く。
あたくしのスキルは失敗ばかり、あたくしに詩を歌われると不幸になる、あたくしではなくお義姉様でないとダメ……などなど。
いずれも、大変に腹立たしい話ばかりだ。
許せん。
きっと、あたくしの才能に嫉妬して、あることないこと言いふらしているに違いない。
庶民や下級の貴族は噂話が好きだもの。
こんなんじゃ商売上がったりだわ。
「俺が睨んだらすぐ口をつぐむんだぞ。……面白かったなぁ。やっぱり、俺は偉いんだよ。なんと言っても、ダングレーム伯爵家の跡取りだからな」
庶民や下級貴族をいびった話をしてリュシアン様は一人で喜んでいるけど、あたくしはとてもそんな気分にはなれなかった。
有力貴族が来ないのであれば、"言霊館 ver.シルヴィー”を続ける意味はない。
何より、高位の貴族と知り合うチャンスがなくなってしまった。
他人のお悩み解決なんてどうでもいいもの。
もう廃業しようかしら。
こんなことをしているより、お茶会や夜会に出た方が効率良さそうね。
となると、ここはやはりリュシアン様を利用しましょう。
「ねぇ、リュシアン様ぁ。今度、夜会に連れて行ってくださいませんかぁ? 侯爵様が来るような大きな夜会ぃ」
「わかった、わかった。そのうち連れて行ってやるから」
適当な返事。
思い返せば、リュシアン様は面倒なことはいつもこうやって誤魔化してきた。
本当に夜会へ行けるのか、半信半疑も甚だしい。
これは厳しい躾が必要そうね。
指を鳴らしながらリュシアン様に迫る。
「あたくしは真剣に頼んでいるのに、リュシアン様はいつも空返事されますよねぇ。……一度痛い目を見た方がよろしいですかぁ?」
「や、やめろっ、来るなっ。やめろ……やめろぉおお!」
以前の二連撃が身に染みているのか、リュシアン様は恐怖の表情を浮かべてじりじりと後ずさる。
婚約者に向かって来るな、なんてひどいじゃないの。
おまけに魔物でも見たかのような顔をして。
これはさらなる躾が必要そうね。
壁まで追い詰めたところで、リュシアン様があたくしの後ろを指して叫んだ。
「お、おい、シルヴィー、窓の外を見ろ! 王族の馬車が来ているぞ!」
「下手な嘘はやめなさぁい、リュシアン様ぁ。話を逸らそうという魂胆が見え見えですわよぉ」
「ほ、本当なんだよ。本当に王族の馬車が来ているんだって!」
リュシアン様は切羽詰まった表情でさらに叫ぶ。
話を逸らさせてなるものですか。
腰を落として右ストレートのポーズを取る。
「嘘を吐くような悪い男性には……」
「信じられないなら自分の目で見てくれ!」
力強く肩を掴まれ、すごい勢いで振り向かされた。
まったく、相変わらず乱暴な人ね。
しょうがないのであたくしも窓の外を見る。
どうせ、何も……。
「そ、そんな、まさか!」
窓の外に目を向けた瞬間、思わず驚きの声を上げてしまった。
"言霊館 ver.シルヴィー”の前に伸びる道に、豪勢な馬車が停まっている。
白地に金の装飾。
扉には太陽と月の紋章が刻まれていた。
ここ、メーンレント王国の紋章だ。
王族以外の誰も乗ることはできない……。
つまり、あれは王族専用の馬車を意味する。
あたくしが驚く様子を見て、リュシアン様はこれ以上ないほど得意げな顔となった。
「どうだ、シルヴィー。俺の言った通りだろうが……ぐわあああ!」
「お黙りなさい!」
まとわりつくリュシアン様を突き飛ばす。
なんと……馬車から降りたのは王様だった。
長い白髪を揺らし、口元にはこれまた長くて白い髭を蓄える。
偉大な魔法使いといった見た目と雰囲気。
まさしく、メーンレント王その人だ。
リュシアン様は息も絶え絶えに言う。
「……ごほっ、マ、マジか。王様じゃねえかよ。どうするんだ、シルヴィー。早く閉めた方がいいんじゃないのか?」
「どうするも何も、お出迎えするに決まっております。これは一世一代のチャンスですわ」
「だ、だけどよ、相手は王様だぜ? 不敬でもあったら大変な目に遭うぞ」
リュシアン様は怖じ気づいていたけど、閉店するなんてあり得ないでしょうが。
王様は幾人もの衛兵に連れられ、"言霊館 ver.シルヴィー”へと歩み寄る。
きっと、庶民や低級貴族の噂は届いていないのだ。
なぜなら、身分が違いすぎるから。
ここであたくしが本気を見せて王様の高評価をいただければ、ハンサムかつ聡明なことで有名な王太子との婚約も夢ではない。
あまりの好都合に、思わず笑みが浮かぶ。
「それに、王様に気に入られれば、リュシアン様だって今よりもっと有名になれるかもしれませんわよ?」
「……たしかになぁ」
一転して、リュシアン様はご満悦な表情となる。
わかりやすい男ね。
身なりを整え、リュシアン様と扉を開ける。
王様を出迎えるのだ。
すでに一行は"言霊館 ver.シルヴィー”の前に着こうかというところだった。
衛兵がビシッと二列に並ぶ。
「「メーンレント王がいらっしゃいました!」」
あたくしとリュシアン様もまた、姿勢を正して王様を待つ。
「突然来てしまい申し訳ないな。ポーラ嬢はおるかの?」
開口一番、王様はお義姉様の名前を口にする。
……どいつもこいつも。
「あいにくでございますが、お義姉様はもう"言霊館”にはおりませんわ。婚約が決まり、家から出て行きました」
「……なに? そうなのか? 婚約なんてワシも初めて知ったが」
「急に決まったことですので……。申し訳ございません」
もちろん、お義姉様を追放した件は黙っておく。
あたくしたちが悪者にされてしまうもの。
いないと聞くと、王様は露骨に表情が沈んだ。
「それは困ったのぉ。まさか、もういないとは思わなかった」
「どうされたのですか?」
「最近、胸の持病が悪くなってきての。王宮医術師の治療や秘薬でもなかなか治らなくて困っておる。そこで、ポーラ嬢の詩は病気にも効くと聞いたので来たんじゃよ。詩の芸術性も高いそうじゃな。実は、それも楽しみなんじゃ」
王様は楽しそうに話す。
こんなところまでお義姉様の評判が伝わっていたなんて……腹立たしい。
いや、それも今日までだ。
あたくしの活躍でお義姉様の印象なんか消し飛ばすわ。
「ご心配はいりませんわぁ、王様。あたくしもお義姉様と同じ、いえ、それ以上に強力な言葉のスキル【忌み詞】を持っているのです」
「ほぅ、お主も言葉のスキルがあるのか。しかし、聞いたことがないのぅ」
一行は【忌み詞】と聞いて、首をかしげていた。
王様も知らないなんて、やはりあたくしのスキルは貴重なのね。
「あたくしはシルヴィーと申します。ポーラの義妹でございますわ」
「なるほど、だからお主も言葉のスキルがあるんじゃの」
「どうぞ中へお入りください」
「うむ、失礼するぞよ」
王様を店に連れ込むことに成功した。
ここまでくればこっちのもんよ。
後は詩を読んで、王様の病気を治しておしまい。
王太子に見初められれば、王妃になるのも夢ではない。
「では、今詩を作りますね」
「よろしく頼むぞ、シルヴィー嬢。病気が逃げ出すような詩を作ってくれ」
少し話しただけで、頭の中にいくつもの言葉が思い浮かぶ。
やはり、あたくしは天才ね。
羽根ペンと紙を取り出して詩を書く。
あたくしを未来の王妃にしてくれる詩を。
――
胸に宿る負の結晶
それは美しい花を咲かせるでしょう
遅い開花は
見事な花を咲かせるため
クロユリとスノードロップ
黒と白のコントラストが
あなたのを行く先を暗示する
――
素晴らしい詩ができた。
詠い終わると、王様の身体……胸辺りが、数秒ほど黒い光りに包まれた。
「どうでしょうかっ、王様っ」
「あまり変わった気がしないぞよ……」
王様は不思議そうな顔で言う。
……チッ、きっと年寄りだから、スキルの効きが悪いのだ。
仕方がないので詩を渡した。
以前にも、お義姉様は詩を読んだ後、客にその紙を渡すことがあった。
どうやら、その日くらいは客が読んでも効果があるらしい。
直接自分で詠うより力は弱まるけど……とかなんとか言っていたっけ?
【忌み詞】も言葉のスキルだから、同じような効力のはずよ。
「でしたら、この王様専用の詩を夜にでもお詠みくださいませぇ。胸の病気などたちまち治ってしまうでしょう」
「しかし……なんだか情緒もへったくれもないのぉ。風情もないし字も汚いし……」
なんですって!?
王様は目を通したかと思うと、つまらなそうに言った。
「さ、さようでございますかぁ。王様のご健康を祈って精一杯書かせていただいたのですけどぉ」
怒りたくなるも必死に抑える。
こんなじいさんだろうが、相手は王様。
不敬罪にでもされたらたまったもんじゃないわ。
この怒りは後でリュシアン様にぶつけましょう。
「まぁ、せっかく書いてくれたのだから、ありがたく頂戴しようかの。ご苦労じゃった、シルヴィー嬢。ワシらはお暇するぞよ」
王様たちは馬車に乗り帰る。
リュシアン様と見えなくなるまで見送った。
「クソが……結局、俺とはろくに話さなかったな」
「仕方がないですわぁ。次の機会にお話しできることを祈りましょう」
リュシアン様は王様にアピールできなかったことをずっと悔やんでいる。
反面、あたくしはもうウキウキだ。
王様の病気は完全に治って、あたくしは聖女のように崇め奉られる。
今までの不遇を帳消しにして、王妃に成り上がってやるわ。
今日の夜が楽しみ~。
◆◆◆
「「王様、お疲れ様でございました」」
「うむ、皆もご苦労じゃった」
宮殿に帰ったメーンレント王は食事を済ませた後、使用人に案内され寝室へ向かう。
やはり、胸の息苦しさはまだ残っていた。
寝るには少し早いが今日はもう休息を取ることにし、メーンレント王はシルヴィーに渡された詩を読んだ。
「……行く先を暗示する……うっ……!」
詩を詠い終わった瞬間、彼の胸を鋭い痛みが襲った。
今まで感じたことがない痛みと辛さに、メーンレント王は脂汗を流す。
とても座ってなどいられず、ベッドに崩れ落ちた。
使用人たちは異変に気づくと、悲鳴に近い叫び声を上げた。。
「「た……大変だ。王様が倒れられたぞー!」」
瞬く間に、宮殿は大騒動に包まれる。
今回のシルヴィーの詩は遅効性だった。
クロユリの花言葉は"呪い”、そしてスノードロップの花言葉は……"あなたの死を望む”。
シルヴィーは言葉の意味も深く知らず、メーンレント王に呪いともいえる詩を書いてしまった。
――国王の危篤。
直属の医術師や薬師が次から次へと寝室に集まり、王宮中は大騒ぎだ。
シルヴィーやリュシアンがのんびりとグラスを傾ける裏で、メーンレント王国きっての一大事が起きていた。
もう閉店の時間というのに、"言霊館 ver.シルヴィー”の中は一日中がらんとした空気に包まれていた。
ドアベルが鳴る音も、依頼を頼む声も、客たちの話し声もまるでない。
いつからか、客がさっぱりと来なくなった。
子ども大人も年寄りも全部だ。
あんなに文句を言いに来ていたくせに用が済んだら、はい終わり?
ふざけんじゃないわよ。
言い逃げされた気分でむしゃくしゃする。
やり場のない怒りに身を焦がしていたら、カランッとドアベルが鳴った。
有力貴族の令息かしら!?
「いらっしゃ~い……なんだ、リュシアン様ですか」
入ってきたのは見慣れた金髪の男性。
客かと思ったらリュシアン様だった。
期待させるんじゃないわよ。
間の悪い人ね。
リュシアン様は店の中を見渡しながら話す。
「今日も客がいねえな。ここ三日ほど、ずっと誰も来てねえよ」
「そうなんですのぉ。どうしかしてくださいませんかぁ? リュシアン様のツテで有名な貴族の方を呼んでくださいましぃ」
腕にしな垂れかかりながら、さりげなく有力貴族との接触を頼んだ。
ククク……使える物は何でも使うわよ。
伯爵家ともなれば、有名な貴族の知り合いも多いはず。
そんなリュシアン様は宙を見ながら考える。
「俺のツテねぇ……」
「そうでございますわぁ」
「めんどくせえな」
……は?
めんどくさがるなよ、このボンボンが。
可愛くて尊くて美しい、絶世の美女たる婚約者からの頼みでしょう。
めんどくさいどころか、むしろリュシアン様から協力を申し出るレベルの話だ。
「リュシアン様ぁ、そこをどうにかお願いしますわぁ。このままじゃ、"言霊館 ver.シルヴィー”が潰れてしまいますぅ」
どうにか引きつった笑みを浮かべ、なおもやる気のないリュシアン様を揺する。
あたくしの言うとおりにしなさいよ。
もっと激しく揺すろうかと思ったとき、リュシアン様が衝撃的なセリフを吐いた。
「そういや、街でお前の悪口を聞いたぞ」
「なんですって!? 詳しく聞かせてくださいまし!」
「どうやら、この前来た客たちが広めているようだ」
そのまま、リュシアン様から話を聞く。
あたくしのスキルは失敗ばかり、あたくしに詩を歌われると不幸になる、あたくしではなくお義姉様でないとダメ……などなど。
いずれも、大変に腹立たしい話ばかりだ。
許せん。
きっと、あたくしの才能に嫉妬して、あることないこと言いふらしているに違いない。
庶民や下級の貴族は噂話が好きだもの。
こんなんじゃ商売上がったりだわ。
「俺が睨んだらすぐ口をつぐむんだぞ。……面白かったなぁ。やっぱり、俺は偉いんだよ。なんと言っても、ダングレーム伯爵家の跡取りだからな」
庶民や下級貴族をいびった話をしてリュシアン様は一人で喜んでいるけど、あたくしはとてもそんな気分にはなれなかった。
有力貴族が来ないのであれば、"言霊館 ver.シルヴィー”を続ける意味はない。
何より、高位の貴族と知り合うチャンスがなくなってしまった。
他人のお悩み解決なんてどうでもいいもの。
もう廃業しようかしら。
こんなことをしているより、お茶会や夜会に出た方が効率良さそうね。
となると、ここはやはりリュシアン様を利用しましょう。
「ねぇ、リュシアン様ぁ。今度、夜会に連れて行ってくださいませんかぁ? 侯爵様が来るような大きな夜会ぃ」
「わかった、わかった。そのうち連れて行ってやるから」
適当な返事。
思い返せば、リュシアン様は面倒なことはいつもこうやって誤魔化してきた。
本当に夜会へ行けるのか、半信半疑も甚だしい。
これは厳しい躾が必要そうね。
指を鳴らしながらリュシアン様に迫る。
「あたくしは真剣に頼んでいるのに、リュシアン様はいつも空返事されますよねぇ。……一度痛い目を見た方がよろしいですかぁ?」
「や、やめろっ、来るなっ。やめろ……やめろぉおお!」
以前の二連撃が身に染みているのか、リュシアン様は恐怖の表情を浮かべてじりじりと後ずさる。
婚約者に向かって来るな、なんてひどいじゃないの。
おまけに魔物でも見たかのような顔をして。
これはさらなる躾が必要そうね。
壁まで追い詰めたところで、リュシアン様があたくしの後ろを指して叫んだ。
「お、おい、シルヴィー、窓の外を見ろ! 王族の馬車が来ているぞ!」
「下手な嘘はやめなさぁい、リュシアン様ぁ。話を逸らそうという魂胆が見え見えですわよぉ」
「ほ、本当なんだよ。本当に王族の馬車が来ているんだって!」
リュシアン様は切羽詰まった表情でさらに叫ぶ。
話を逸らさせてなるものですか。
腰を落として右ストレートのポーズを取る。
「嘘を吐くような悪い男性には……」
「信じられないなら自分の目で見てくれ!」
力強く肩を掴まれ、すごい勢いで振り向かされた。
まったく、相変わらず乱暴な人ね。
しょうがないのであたくしも窓の外を見る。
どうせ、何も……。
「そ、そんな、まさか!」
窓の外に目を向けた瞬間、思わず驚きの声を上げてしまった。
"言霊館 ver.シルヴィー”の前に伸びる道に、豪勢な馬車が停まっている。
白地に金の装飾。
扉には太陽と月の紋章が刻まれていた。
ここ、メーンレント王国の紋章だ。
王族以外の誰も乗ることはできない……。
つまり、あれは王族専用の馬車を意味する。
あたくしが驚く様子を見て、リュシアン様はこれ以上ないほど得意げな顔となった。
「どうだ、シルヴィー。俺の言った通りだろうが……ぐわあああ!」
「お黙りなさい!」
まとわりつくリュシアン様を突き飛ばす。
なんと……馬車から降りたのは王様だった。
長い白髪を揺らし、口元にはこれまた長くて白い髭を蓄える。
偉大な魔法使いといった見た目と雰囲気。
まさしく、メーンレント王その人だ。
リュシアン様は息も絶え絶えに言う。
「……ごほっ、マ、マジか。王様じゃねえかよ。どうするんだ、シルヴィー。早く閉めた方がいいんじゃないのか?」
「どうするも何も、お出迎えするに決まっております。これは一世一代のチャンスですわ」
「だ、だけどよ、相手は王様だぜ? 不敬でもあったら大変な目に遭うぞ」
リュシアン様は怖じ気づいていたけど、閉店するなんてあり得ないでしょうが。
王様は幾人もの衛兵に連れられ、"言霊館 ver.シルヴィー”へと歩み寄る。
きっと、庶民や低級貴族の噂は届いていないのだ。
なぜなら、身分が違いすぎるから。
ここであたくしが本気を見せて王様の高評価をいただければ、ハンサムかつ聡明なことで有名な王太子との婚約も夢ではない。
あまりの好都合に、思わず笑みが浮かぶ。
「それに、王様に気に入られれば、リュシアン様だって今よりもっと有名になれるかもしれませんわよ?」
「……たしかになぁ」
一転して、リュシアン様はご満悦な表情となる。
わかりやすい男ね。
身なりを整え、リュシアン様と扉を開ける。
王様を出迎えるのだ。
すでに一行は"言霊館 ver.シルヴィー”の前に着こうかというところだった。
衛兵がビシッと二列に並ぶ。
「「メーンレント王がいらっしゃいました!」」
あたくしとリュシアン様もまた、姿勢を正して王様を待つ。
「突然来てしまい申し訳ないな。ポーラ嬢はおるかの?」
開口一番、王様はお義姉様の名前を口にする。
……どいつもこいつも。
「あいにくでございますが、お義姉様はもう"言霊館”にはおりませんわ。婚約が決まり、家から出て行きました」
「……なに? そうなのか? 婚約なんてワシも初めて知ったが」
「急に決まったことですので……。申し訳ございません」
もちろん、お義姉様を追放した件は黙っておく。
あたくしたちが悪者にされてしまうもの。
いないと聞くと、王様は露骨に表情が沈んだ。
「それは困ったのぉ。まさか、もういないとは思わなかった」
「どうされたのですか?」
「最近、胸の持病が悪くなってきての。王宮医術師の治療や秘薬でもなかなか治らなくて困っておる。そこで、ポーラ嬢の詩は病気にも効くと聞いたので来たんじゃよ。詩の芸術性も高いそうじゃな。実は、それも楽しみなんじゃ」
王様は楽しそうに話す。
こんなところまでお義姉様の評判が伝わっていたなんて……腹立たしい。
いや、それも今日までだ。
あたくしの活躍でお義姉様の印象なんか消し飛ばすわ。
「ご心配はいりませんわぁ、王様。あたくしもお義姉様と同じ、いえ、それ以上に強力な言葉のスキル【忌み詞】を持っているのです」
「ほぅ、お主も言葉のスキルがあるのか。しかし、聞いたことがないのぅ」
一行は【忌み詞】と聞いて、首をかしげていた。
王様も知らないなんて、やはりあたくしのスキルは貴重なのね。
「あたくしはシルヴィーと申します。ポーラの義妹でございますわ」
「なるほど、だからお主も言葉のスキルがあるんじゃの」
「どうぞ中へお入りください」
「うむ、失礼するぞよ」
王様を店に連れ込むことに成功した。
ここまでくればこっちのもんよ。
後は詩を読んで、王様の病気を治しておしまい。
王太子に見初められれば、王妃になるのも夢ではない。
「では、今詩を作りますね」
「よろしく頼むぞ、シルヴィー嬢。病気が逃げ出すような詩を作ってくれ」
少し話しただけで、頭の中にいくつもの言葉が思い浮かぶ。
やはり、あたくしは天才ね。
羽根ペンと紙を取り出して詩を書く。
あたくしを未来の王妃にしてくれる詩を。
――
胸に宿る負の結晶
それは美しい花を咲かせるでしょう
遅い開花は
見事な花を咲かせるため
クロユリとスノードロップ
黒と白のコントラストが
あなたのを行く先を暗示する
――
素晴らしい詩ができた。
詠い終わると、王様の身体……胸辺りが、数秒ほど黒い光りに包まれた。
「どうでしょうかっ、王様っ」
「あまり変わった気がしないぞよ……」
王様は不思議そうな顔で言う。
……チッ、きっと年寄りだから、スキルの効きが悪いのだ。
仕方がないので詩を渡した。
以前にも、お義姉様は詩を読んだ後、客にその紙を渡すことがあった。
どうやら、その日くらいは客が読んでも効果があるらしい。
直接自分で詠うより力は弱まるけど……とかなんとか言っていたっけ?
【忌み詞】も言葉のスキルだから、同じような効力のはずよ。
「でしたら、この王様専用の詩を夜にでもお詠みくださいませぇ。胸の病気などたちまち治ってしまうでしょう」
「しかし……なんだか情緒もへったくれもないのぉ。風情もないし字も汚いし……」
なんですって!?
王様は目を通したかと思うと、つまらなそうに言った。
「さ、さようでございますかぁ。王様のご健康を祈って精一杯書かせていただいたのですけどぉ」
怒りたくなるも必死に抑える。
こんなじいさんだろうが、相手は王様。
不敬罪にでもされたらたまったもんじゃないわ。
この怒りは後でリュシアン様にぶつけましょう。
「まぁ、せっかく書いてくれたのだから、ありがたく頂戴しようかの。ご苦労じゃった、シルヴィー嬢。ワシらはお暇するぞよ」
王様たちは馬車に乗り帰る。
リュシアン様と見えなくなるまで見送った。
「クソが……結局、俺とはろくに話さなかったな」
「仕方がないですわぁ。次の機会にお話しできることを祈りましょう」
リュシアン様は王様にアピールできなかったことをずっと悔やんでいる。
反面、あたくしはもうウキウキだ。
王様の病気は完全に治って、あたくしは聖女のように崇め奉られる。
今までの不遇を帳消しにして、王妃に成り上がってやるわ。
今日の夜が楽しみ~。
◆◆◆
「「王様、お疲れ様でございました」」
「うむ、皆もご苦労じゃった」
宮殿に帰ったメーンレント王は食事を済ませた後、使用人に案内され寝室へ向かう。
やはり、胸の息苦しさはまだ残っていた。
寝るには少し早いが今日はもう休息を取ることにし、メーンレント王はシルヴィーに渡された詩を読んだ。
「……行く先を暗示する……うっ……!」
詩を詠い終わった瞬間、彼の胸を鋭い痛みが襲った。
今まで感じたことがない痛みと辛さに、メーンレント王は脂汗を流す。
とても座ってなどいられず、ベッドに崩れ落ちた。
使用人たちは異変に気づくと、悲鳴に近い叫び声を上げた。。
「「た……大変だ。王様が倒れられたぞー!」」
瞬く間に、宮殿は大騒動に包まれる。
今回のシルヴィーの詩は遅効性だった。
クロユリの花言葉は"呪い”、そしてスノードロップの花言葉は……"あなたの死を望む”。
シルヴィーは言葉の意味も深く知らず、メーンレント王に呪いともいえる詩を書いてしまった。
――国王の危篤。
直属の医術師や薬師が次から次へと寝室に集まり、王宮中は大騒ぎだ。
シルヴィーやリュシアンがのんびりとグラスを傾ける裏で、メーンレント王国きっての一大事が起きていた。