「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~

第3話:萎れたお花と言霊

「も、もう募集していないのですかっ!?」

 辺境伯様が書かれた文字に、思わず驚きの声を上げてしまった。
 まさか、そんな……。
 呆然としていると、辺境伯様はさらに説明を続けてくれる。

〔募集しても私が怖いとすぐに辞めてしまうので、もう諦めたのだ。今日、募集停止の案内を出すつもりだった。間に合わず申し訳ない〕
「い、いえ、とんでもございません! そのような事情を知らず申し訳ございませんでしたっ」

 ドキドキしながら謝る。
 緊張しつつも、もしかして辺境伯様はそれほど怖い人ではないのでは……と感じる自分がいた。
 たしかに表情があまり変わらないし、雰囲気も暗い。
 でも、会話の内容は普通で、むしろ相手を気遣ってくれる。
 今まで辞めてしまった人たちは、きっと魔法文字で会話されるのが怖かったのだろう。

〔わざわざ来てもらいすまなかったな。今、手間賃を持ってこさせる〕

 辺境伯様は空中にそう魔法文字を書くと、エヴァさんたちに向き直る。
 始まる前に……終わってしまった。
 仄かな寂しさが胸に去来する。
 まだこのお屋敷にいたい、と思う。
 行く当てがないというのもそうだけど、エヴァさんやアレン君ともっと一緒にいたい。
 たった数十分で、オリオール家の日常より楽しい気分になれた。
 “言霊館”での日々は楽しかったけど、仕事が終わると私の周りには暗い時間が訪れた。
 シルヴィーに嫌味を言われ、リュシアン様に頭をはたかれ、お父様とお義母様からは罵倒され……。
 毎日、翌朝の仕事が待ち遠しかった。
 一方で、この家には、オリオール家よりずっと心が優しい人たちが集まっている……。
 辺境伯様も噂と異なりお優しい方だと思う。
 私もその輪に入れてもらいたかった。
 勇気を振り絞り、私は辺境伯様に言う。

「あ、あの……辺境伯様」
〔なんだ?〕

 静かに深呼吸し、そっと告げた。

「私には……【言霊】というスキルがあるんです」
〔……【言霊】スキル?〕
「はい。私は言葉に魔力を乗せ、願った通りの現象を引き起こすことができます。詩の形式が一番効果的だともわかりました。魔力をたくさん消費すれば、その分強力な効果をもたらせるんです」

 辺境伯様にスキルについてお話しすると、最後まで興味深そうに聞いていた。

〔……なるほど、そのようなスキルがあるとは私も初めて聞いた。非常に有用だ〕
「もしよろしければ、最後に【言霊】スキルをご覧になっていただけませんか?」

 文字通り、願いを込めて言った。
【言霊】スキルが役に立つとわかったら、お屋敷においてくれるかもしれない。
 それでもダメならきっぱり諦めよう。
 辺境伯様はしばし考えた後、さらさらと空中に魔法文字を書かれた。

〔わかった、ぜひ見せてほしい〕

 心の中で、ホッと一息つく。
 どうにかチャンスを貰えた。
 でも、何に対して【言霊】スキルを使おうかな……。
 そう考えたとき、お屋敷の前に広がるお庭の景色を思い出した。

「お庭の隅に萎れたお花がありました。元気いっぱいに復活させるのはいかがでしょうか」
〔ああ、それで構わない〕

 辺境伯様とともにお庭に出る。
 エヴァさんとアレン君も見学したいとのことで、二人も一緒についてきた。
 お庭にはチューリップやパンジー、クレマチスなど、季節のお花が咲き誇る。
 一見する美しい花々でいっぱいだけど、隅っこでは水色のお花が数本元気なく萎れていた。
 その花びらは縮こまり、重そうに首を垂れる。
 数日のうちに枯れてしまいそうだ。
 私がお花の前で止まると、エヴァさんとアレン君が悲しそうに呟く。

「わたしたちがいくらお水をあげても元気になりませんでした……」
「肥料を工夫しても萎れたままで……。もう抜くしかないかもしれません……」

 二人の言葉からも、状態の悪さがわかる。
 このお花は〈晴天ガーベラ〉。
 晴れ渡った青空を思わせる、鮮やかな水色のガーベラだ。
 見ただけで種類がわかったのは、どんなものにも【言霊】スキルが使えるよう、いつも本を読んで見識を深めていただろう。
 辞書で言葉を探しながら、ノートに書き留める。
 【言霊】スキルで大事なことは二つ。
 対象をよく観察することと、願いを叶えられるような言葉を選ぶこと。
 しばらく羽ペンを走らせ、詩が完成した。

「辺境伯様、詩ができました」
〔読んでくれ〕
「はい」

 今まで何度もやってきたことだけど、今回は一段と緊張するな。
 心を落ち着かせ、深く息を吸う。
〈晴天ガーベラ〉が元気になってくれるよう願って、書いたばかりの詩を(うた)った。


――――
 貴方の青は綺麗な青ね
 まるで空から生まれたみたい

 貴方の周りは安寧の地
 来訪者はみな癒される
 悲壮の雲は晴れ
 穏やかな陽光が差し込むの

 貴方のメランコリックな姿
 見ているだけで悲しいわ
 きっと今は少し元気がないだけ
 でも大丈夫
 私が神様にお祈りするから

 貴方の生命の力が戻るように
――――


 詩を詠い終わると、〈晴天ガーベラ〉が白い光に包まれた。
 瞬く間に、萎れた花びらが瑞々しくなり、垂れた首がスッと空を向く。
 さっきまで枯れそうだったのに、今や生命力あふれる力強いお花となった。
 復活してくれて、ホッとしながら話す。

「今のが私の【言霊】スキルなのですが……」

 後ろを振り返って言うのだけど、辺境伯様たち三人は何やら呆然としていた。
 あの~……と言葉を続ける前に、エヴァさんとアレン君がバンザイして喜ぶ。

「お花が生き返った~!」
「いくら僕たちがお世話しても復活しなかったのに~!」

 二人は嬉しそうに喜んでは〈晴天ガーベラ〉に拍手を送る。
 辺境伯様もまた、無表情ではあるけどやや驚きが覗く様子で空中に文字を書いた。

〔本当に君が願った通りの現象が起きるんだな……。想像以上のすごいスキルだ〕
「ありがとうございます。お花が元気になってくれて私も嬉しいです」

 安心するも、心の中の緊張感は消えない。
【言霊】スキルはうまくいったけど、肝心の仕事についてはこれから結論が下されるのだ。
 ドキドキする中、辺境伯様の指先から魔法文字が生み出される。

〔先ほども伝えたが、メイドの募集はもう止めた〕
「は、はい……」

 一転して、私の心は暗くなる。
 やっぱりダメだったのか……。
 そう思ったとき、また新たに一節の文章が紡がれた。

〔だが、代わりに特等メイドの募集を今始めた〕

 え……?
 思いもしない言葉にポカンとしたけど、すぐにお尋ねした。

「と、特等メイドでございますか? 失礼ながら、そのような役職は聞いたことがなく……」
〔私と同等の権限を持っているメイドだ。できれば、女性が良いのだが……どうだ?〕

 胸の奥からじわじわと喜びがあふれる。
 耐えることなどできず、大きな声で言った。

「はい、頑張らせていただきます!」
〔ただ、一点だけ確認しておきたいことがある〕
「な、何でしょうか」

 ごくりと唾を飲むと、辺境伯様は無表情のまま魔法文字を書かれた。

〔私のことは怖くないか?〕

 書かれたのは、たった一言だ。
 私の答えは考えなくても決まっていた。

「辺境伯様……いえ、ご主人様はまったく怖くありません。むしろ、すごくお優しい方だと思います」

 素直な気持ちを伝える。
 たしかに緊張はするけど、たぶん辺境伯なんて偉い方だからだと思う。
 恐怖や恐れなんて感情はもうそれほどなかった。

〔そうか、それならよかった。あと……君は特等メイドなのだから、ご主人様とか辺境伯様とか呼ばなくていい〕
「え? い、いや、しかし……」
〔呼びたいように呼びなさい〕

 呼びたいように呼ぶといっても、相手は公爵にも匹敵するほどの偉い方だ。
 ご主人様も辺境伯様も禁じられてしまったら、他に呼び方がないような……。
 頭の中の辞書を猛烈なスピードで捲り、悩むこと数秒。

「そ、それでしたら、ルイ様……ではいかがでしょうか」

 結局、良さそうな呼び方は見つからず、お名前で呼ぶことを提案した。
 ……のだけど、その直後に“アングルヴァン様”の方が良かったのでは……!? と大変に悩むことになってしまった。
 出会って間もないのにお名前で呼ぶのは失礼だ、とかなんとか考えていると、ルイ様の魔法文字が目に飛び込んだ。

〔好きにしなさい〕

 そう空中に書き残し、ルイ様はお屋敷に戻る。
 どうやら、問題なかったらしい。
 色々と安心していると、エヴァさんとアレン君が駆け寄ってきた。

「よかったね、ポーラちゃん! 絶対に採用されると思っていたよ!」
「これからも一緒にいられますね! 僕は自分のことのように嬉しいです!」

 二人は満面の笑みで私の手を握る。
 彼女らの笑顔を見て、喜びは何倍にも膨れ上がった。

「うん、よかった……。本当によかったよ!」

 私たちの喜ぶ声を、お庭のお花たちがいつまでも静かに聞いていた。


□□□


 その後、本日はもう就寝して、仕事は明日から始めるように……とルイ様がおっしゃってくれた。
 エヴァさんとアレン君に案内され、私の部屋に向かう。
 ちょうど、二人の部屋の前だった。

「ここがポーラちゃんのお部屋ね」
「困ったことがあったらいつでも言ってください」
「ありがとう、二人とも。明日からよろしくね」

 お休みの挨拶を交わし、部屋に入る。
 中にあるのは、ベッドと棚と椅子だけ。
 簡素だけど、不思議とオリオール家の自室より安らぎを感じた。
 物音を立てないよう、そっとベッドに入る。
 清潔なシーツの香りが鼻をくすぐり、自然と穏やかな気持ちになれた。
 枕に頭を乗せると、ずっと気になっていた疑問が浮かぶ。

 ルイ様は……どうしてお話しされないのかな?

 私なんかが踏み込んではいけない問題だろうけど、何か力になれたらいいなと思った。

 ――言葉には人を幸せにする力がある。

 私はそう信じているから。
 そこまで考えたところで、急に眠くなってきた。
 知らないうちに、疲れが溜まっていたのだと思う。
 深く考える間もなく、私は夢の世界に入ってしまった。
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