「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~

第33話:後悔(Side:シルヴィー➆)

「さて、シルヴィー及びリュシアンよ。貴様らがこの場にいる理由は、言われずともわかるだろう」
「「ぐっ……」」

 大臣の声が重く響く。
 ここは王宮にある"裁きの間”。
 罪人が裁かれる場所だ。
 何人もの大臣が半円形を描くように、ぐるりと周りを囲んでいる。
 あたくしとリュシアン様は収容施設を出た後、有無を言わさずここに連行された。
 相変わらず縄で縛られており、身体中が痛い。
 少しくらい緩めなさいよ。
 この麗しき身体に傷が残りでもしたらどうするの。

「シルヴィー、貴様のせいで王様は死の淵に追いやられた。ポーラ嬢がいなければ、最悪の事態も考えられた」

 苦しむあたくしたちのことなど目に見えないかのように、大臣は冷たく話す。
 自分の行いは咎められ、お義姉様の活躍が褒められる。
 この扱いの差はなに……?
 イライラしながら隣のリュシアン様を見ると、わずかにほくそ笑んでいた。
 さっきから糾弾されるのはあたくしばかりなので、自分は関係ないと思っているらしい。
 このボンボンが!
 自分だけ逃げるつもりね!

「そして、リュシアン・ダングレーム」
「な、なんだよ」

 怒りに身が焦がれそうになったとき、大臣がリュシアン様の名前を出した。
 あら、いい展開ね。

「貴様はシルヴィーのスキルを何度も間近で見たようだな。その危険性に気づかなかったのか? なぜ、シルヴィーを止めなかった。貴様も同罪だぞ」
「あ、いや……それは……」

 たちまち、リュシアン様はばつが悪そうに俯く。
 ククク……ざまぁ見なさい。
 自分だけ助かろうとするからよ。

「さて、オリオール家について調査を行った結果、貴様らが日頃からポーラ嬢を虐めていたことも判明した」
「「っ……!」」

 安心したのもつかの間、さらなる罪に問われた。
 ま、まずいわ、どうにかしてこの場を乗り切らないと。
 少しでも罪が軽くなるような立ち回りを考えるも、何も思い浮かばなかった。

「ポーラ嬢へ行った数々の悪行に覚えがあるはずだ。人格を否定するような暴言での罵倒、暴力、度を超えた雑用の強要……」

 大臣は次から次へと、あたくしとリュシアン様がお義姉様にしてきたことを説明する。
 そのどれもが、オリオール家での出来事と合致していた。
 ここまで調べ上げるなんて失礼でしょうが。
 あたくしのプライバシーをなんだと思っているの。
 こうなったら、お義父様とお母様にどうにかしてもらうしかないわね。
 なんならダングレーム家に取り次いでもらいましょう。
 伯爵家の権力を使って、この裁判の結果を破棄させてやる。

「おい、あいつらを連れてこい」

 大臣が衛兵に言うと、二人の男女が"裁きの間”に連れてこられた。
 彼らの顔を見た瞬間、とても叫ばずにはいられなかった。

「お、お義父様とお母様!?」

 縄で縛られ衛兵の後に続いて歩くのは……お義父様とお母様だった。
 二人とも暗い顔で俯く。

「シルヴィー、貴様の両親もポーラ嬢へのいじめに加担していたな。虐待とも言える長年の所業は、とうてい許されることではない」

 さらに告げられるのは、お義父様とお母様への糾弾。
 どんどん状況が悪くなる。
 さすがのあたくしも焦りを感じるけど大丈夫。
 こちらにはまだ逆転の手段が残されている。
 傍らで俯くリュシアン様に小声で話しかけた。

「リュシアン様……しっかりしてください。今こそ、ダングレーム家の力を見せつけるときですわ」
「……ダングレーム家の?」

 あたくしの言葉を聞くと、リュシアン様の表情に生気が戻る。
 この男を操って、裁判その物を壊してやるわ。
 
「そうですわ。メーンレント王国が誇る有力な伯爵家の力を、あの愚かな大臣たちに誇示するのです。リュシアン様はあんな愚か者たちに裁かれる人間ではありません」

 徐々にその顔に自信が現れる。
 リュシアン様は今や、獅子のような顔つきとなった。

「おい、俺はダングレーム伯爵家の跡取りだぞ! こんな裁判は無効だ! 伯爵家の顔に泥を塗ったな! むしろ、お前たちが裁かれる立場だろうが!」

 力強い叫び声が"裁きの間”に響く。
 最後にして、何よりも強力な頼みの綱――ダングレーム伯爵家。
 国内有数の名家ということは、大臣たちも知っているはずでしょうに。
 喧嘩を売ってしまったわね。
 愚か極まりない。
 そもそも、こんな裁判を開くこと自体間違っていたのだ。
 ……大臣たちは何も言わない。
 いや、言えないのだ。
 あたくしは勝ち誇った気分だったけど、大臣が告げたのは衝撃的なセリフの数々だった。

「リュシアンよ、貴様はダングレーム家から正式に追放された。爵位も剥奪だ。もう伯爵家でもなんでもない」
「…………え?」

 リュシアン様の間抜けな声が、"裁きの間”に溶けるように消える。
 あたくしもまた、理解が追いつかなかった。
 正式に追放、爵位も剥奪ですって?
 呆然とするあたくしたちの前で、衛兵が一枚の紙を広げた。
 リュシアン様はダングレーム家から勘当された、という内容が書かれている。
 大臣の話したことは真実だったのだ。

「……クソッ……クソが! クソがあああ!」

 暴れるリュシアン様を、衛兵が乱暴に取り押さえる。
 あたくしはというと、もはや会話する気力さえなかった。

「貴様ら四人には……終身刑の判決を下す!」

 勢いよく裁判用の槌が振り下ろされる。
 カンッ! という音が響いた瞬間、衛兵があたくしたちの周りに集まった。
 有無を言わさぬ勢いで立たされる。 

「ちょ、ちょっと、離しなさい! 痛いでしょっ!」
「やめろ! 引っ張るな! 血が出てるんだぞ!」

 あたくしたちの訴えなど聞こえないかのように、衛兵は縄をさらに縛り上げる。
 無理やり方向転換させられると、地下へ続く階段の入り口が目に入った。
 不気味な黒い影が差し、ぽっかりと空いた口は恐ろしい怪物のようだ。
 自分たちがこれからどんな運命をたどるのか、嫌でも実感する。
 恐怖がわき上がり、背筋が凍った。
 お、お願い……やめて!
 震え上がるあたくしたちなどまったく気にせず、大臣の重い声が“裁判の間”に響く。

「この者たちを地下牢に連れて行け」
「「はっ!」」

 いくら抵抗しても衛兵は動きを止めない。
 あっという間に地下への階段を降ろされ、あたくしとリュシアン様、お義父様とお母様の二人ずつ、暗い牢獄に放り込まれた。
 ガシャンッ! と荒々しく錠が下ろされると、すかさず勢いよく檻を掴んだ。

「ここから出しなさい! あたくしは無実よ!」
「「出すわけないだろ! 一生、この暗闇で反省しろ!」」
「あっ、待ちなさい!」

 衛兵はあたくしたちを見ることもなく、階段を上って立ち去った。
 牢獄を気味悪いほどの静寂が支配する。
 ゴクリと唾を飲む音も聞こえるほどだ。
 急激に心細くなり、隣のリュシアン様に話しかける。
 こうなったら、どうにか脱獄のチャンスを待つしかない。
 それまでは仲良く過ごした方がいいだろう。

「リュシアン様ぁ、脱獄の計画を考えましょぉ。二人でここから逃げ出すのぉ」

 いくら話しかけても、リュシアン様は答えようとしない。
 しびれを切らし、ゆさゆさと揺する。

「ねえ、ここから出し……」

 暗闇に目が慣れ、リュシアン様の顔をよく見た瞬間、あたくしは言葉を失った。

「もう……無理だよ……シルヴィー……」

 やつれた老人のように、リュシアン様は力なくうずくまる。
 こんなに元気がないのは初めて見た。
 いつも獅子のように力強かった婚約者の変貌を見て、じわじわと自分の運命を実感した。
 あたくしはずっとここで過ごすの……?
 この何もない、ただただ暗闇しかない牢獄で……?
 そう自覚した瞬間、どっと後悔の念が押し寄せた。
 
 こうなったのも全部、あたくしたちがお義姉様を虐げたからだ。

 小言なんかじゃない。
 お義姉様はずっと、あたくしたちのためを思って詩を詠ってくれたのだ。
 今になって、それがどれだけ尊いことかようやくわかった。
 こんなあたくしを守ってくれた、本当に素晴らしい人……。

 お義姉様の詩が聞きたい……。あの優しくて温かい詩が……。

 心の底からいくら望んでも、あの美しい詩があたくしを癒すことはなかった。
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