「小言が多い」と婚約破棄されましたが、それは全て言霊でした~誰とも話さないはずの寡黙の辺境伯様が心を開き、静かに優しく溺愛してくれます~
第5話:新しい始まりとフェンリルさん
〔さて、みなも知っている通り、今日からポーラがこの屋敷で働くことになった〕
「よろしくお願いします」
翌日、お庭でルイ様に改めて紹介されると、エヴァさんとアレン君がパチパチと拍手で歓迎してくれた。
朝陽は眩しく、私の心まで温かい陽光が届くようだ。
安心したのか、昨晩はぐっすり寝てしまった。
居場所があるありがたさを改めて実感する。
ルイ様は私に向き直ると、空中に魔法文字を書かれた。
〔特等メイドといっても、基本的にやってもらうことはエヴァやアレンたちと変わらない。彼女らの仕事をサポートしてくれ〕
「はい、わかりましたっ。何でもやらせていただきますっ」
〔では、まずは屋敷を案内しよう。歩きながら仕事の説明をする〕
「よろしくお願いします」
ルイ様に続き、お屋敷の中を歩く。
執務室、応接室、食堂、大広間、書物庫……。
どれもオリオール家とは比べ物にならないほど豪華絢爛かつ、上品で落ち着いた様相だ。
きっと、ルイ様のセンスがいいのだろう。
〔普段から客は少ないが、来客は応接室で対応することが多い。執務室も勝手に掃除してくれて構わない〕
「なるほど……」
ルイ様が空中に書いたことや、エヴァさんたちに言われたことをノートに逐一メモする。
掃除、洗濯、食事の用意など、家事全般が主な仕事のようだ。
途中、ルイ様が医務室に入った後、エヴァさんが私に言った。
「掃除のやり方とかはちゃんと教えるから安心してね」
「ありがとう。オリオール家にもメイドさんはいたけど、ほとんど義妹と両親に付きっ切りだったの。身の回りのことは自分でやることが多かったから、洗濯とかも一通りはできると思うわ」
実家も一応男爵家だったので、何人かの使用人がいた。
父と義母、そして義妹は家事など何もやらないしわがままなので、いつも三人の世話に追われていたのだ。
どこからかシクシク……という音が聞こえ、何かと思ったらエヴァちゃんとアレン君が涙していた。
「ポーラちゃんの辛い日々がまた明らかになったよ……」
「苦労人だったんですねぇ……」
今までの生活をちょっと伝えただけで、二人はほろりとしちゃう。
とても感受性が豊かな人たちなのだ。
そこまで話したところで、ルイ様がポーションのような容器を片手に医務室から出てきた。
今度はお屋敷から出て、お庭を横切る。
〔庭の草花も世話してやってくれ。君に世話されると嬉しいだろう〕
「かしこまりました。萎れているお花があったら、【言霊】スキルで復活させます」
〔あまり無理はするな。昨日はスキルの効果を確かめるため使ってもらったが、生けるものが死すのは自然の摂理だ〕
ルイ様の言葉からは気遣いが滲む。
私が心穏やかでいられるのも、ルイ様がお優しい方だからと思う。
期待に応えられるよう頑張らなきゃ。
心の中で密かに、だけど力強く決心する。
お屋敷から歩くこと約五分。
私たちは大きな森の手前に着いた。
20mほどもある背の高い木がいくつも立ち並び、鬱蒼と草木が茂る。
森の中は薄暗いのに不思議と怖くはなく、むしろ威風堂々とした荘厳な印象だった。
まるで聖域を思わせる神聖な森に見える。
爽やかな空気を吸いながら、隣のルイ様に伝えた。
「こんなに大きくて深い森は初めて見ました。それに、なんだか神聖さも感じます」
〔ここは‟霊気の森“という。代々アングルヴァン家に伝わる森だ。君にはこの森の手入れも頼みたい。広大なので、エヴァとアレンだけでは手が回らないのだ。私もたまに手入れをしているがな〕
ルイ様を先頭に、“霊気の森”に足を踏み入れる。
遊歩道のような道が、右に左にと緩やかに曲がりながら奥へと続く。
てっきり手つかずの自然が広がっているものだと思っていたけど、きちんと人が通れるよう整備されていた。
「外からは遊歩道があるとは思いませんでした」
〔たまに来客を案内することもあるんだ〕
木々の幹は太く、空高く伸びる。
足元には小さなお花が元気いっぱいに咲いており、見る者を楽しませた。
森の外に比べて太陽の光は遮られているはずなのに、薄暗さは少しも感じない。
暗いどころか、木漏れ日がちらちらと瞬いて幻想的でどこまでも美しい。
木陰には精霊がいたり、花の周りでは妖精が躍っていてもおかしくない雰囲気だ。
ひときわ澄んだ空気で胸が満たされ、歩くだけで気分爽快となる。
草木もまた適度な密度で、伸びやかに生えていた。
過度に密集しないよう、細かく手入れされているのだなと感じられた。
ルイ様は歩きながら、道端に咲く草や花についてあれこれと説明してくれた。
花の部分が朧げに光る〈朧すずらん〉、花びらが星の形をした桜草〈星桜草〉、小さなお姫様みたいな上品さがある〈ヒメ菜の花〉……。
知らないお花や植物がいっぱいあるな。
ここ‟ロコルル“はオリオール家より北に位置するからか、見たことない植物ばかりだった。
しばらく歩くと、ルイ様にお願いしたいことが頭に浮かぶ。
「あの、ルイ様。一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
〔なんだ?〕
「お屋敷の書物庫にある本を読ませていただけませんか? アングルヴァン家の歴史や、草花の種類を知りたいのです」
〔ああ、別に構わないが。君は本を読むのが好きなのか?〕
私のお願いに対して、ルイ様はさらさらと魔法文字を書く。
たしかに、昔から読書が好きだったけど、一つの重要な理由があった。
「読書が好きなのもそうですが……それ以上に、ルイ様のお役に立てるよう少しでも見聞を広げたいのです。【言霊】スキルは、相手のことを知れば知るほど強力になりますから」
まったく知らないものに対しては、【言霊】スキルの効き目は弱くなる。
逆に、知れば知るほど効果が強くなるのだ。
その旨も説明すると、ルイ様は静かに聞いていた。
〔……なるほどな。そういうことなら、尚更たくさん本を読みなさい。図書室も好きに使ってくれて構わない。さて……君に紹介しておく者がいる〕
そう書くと、ルイ様は遊歩道から外れて森の中に足を踏み入れた。
遊歩道から離れるほど森は深くなるけど、ルイ様は躊躇なく進む。
紹介しておく者って、木こりさんとかかな?
ガサガサと歩くこと数分、草木の奥にひときわ大きな樹が見えてきた。
もしかしたら、背の高さは40mくらいまであるかもしれない。
太い幹はまるで巨人の腕みたいだ。
そして、木の下には見慣れない灰色の丸い塊があった。
ルイ様は巨大な樹の方へ進むと、灰色の塊の前で止まる。
〔君に紹介したい者とは彼のことだ〕
「え……? こちらが……ですか?」
ルイ様はしゃがみ込むと、灰色の塊を優しく揺する。
灰色の塊はもぞもぞと動き……なんと狼に変わった。
美しい黄色の瞳に真っ直ぐ伸びた鼻。
力強さと高貴さが共存したような凛々しさが感じられる……だけど、呼吸も浅いし、どことなく元気のない感じがした。
私も身を屈めると、ルイ様が目の前に魔法文字を書く。
〔彼はガルシオ。フェンリルだ〕
「フェ、フェンリルッ!? ……でございますか!?」
驚きで思わず叫んでしまった。
だって、最も有名な伝説の神獣だ。
出会えるのは人生で一度あるかないかという、大変に珍しい存在だった。
まさか、紹介したい人がフェンリルだったとは……。
てっきり木こりさんとかだと思っていたから、とにかく驚いた。
放心する私に、当のフェンリルが気怠そうに顔を向ける。
『見かけない顔のお嬢さんだな……。新入りか……?』
「ひ、人の言葉ぁ!? ……を話せるのですか!」
今度は普通に話しかけられ、またもや激しく驚いた。
〔そんなに驚くことは無い。フェンリルは人語など容易く話す。よく知られていることだ。ちなみに、ガルシオは文字も読める〕
ルイ様は簡単に書くけど、私には初耳もいいところだった。
私のフェンリルについての知識は、伝え聞いた伝承や本に書かれていた内容くらいしかない。
ガルシオさんは、ゆっくりと私に右手を伸ばす。
『俺はガルシオだ……よろしく……』
「あっ、ポーラ・オリオールです。昨日からルイ様のお屋敷で、特等メイドとして働いております」
『へぇ~、そんなメイドがいるんだなぁ……。まぁ、よろしく』
ガルシオさんと握手を交わす。
思ったより冷たい体温に、内心ひやっとした。
伝え聞いた話では、フェンリルの毛は常に銀色に光り輝くそうだ。
わずかな月明かりでもキラキラと輝き、見る者を釘付けにしてしまうという。
それなのに、今のガルシオさんの毛はくすんだ灰色で、ぺたんと力なく倒れていた。
ルイ様は懐から、先ほどのポーションを取り出す。
〔ほら、ガルシオ。新しく調合したポーションだ。飲んでくれ〕
『ありがとうよ……』
ガルシオさんはポーションを受け取ると、両手で持ってこくりと飲んだ。
すかさず、ルイ様は魔法文字を急いで書いて尋ねる。
〔体の具合はどうだ?〕
『……あまり変わらないな』
二人のやり取りを見ていると、心の中に薄っすらと漂っていた心配が徐々に色濃くなった。
もしかして……。
「ガルシオさんは具合が悪いのですか……?」
私が尋ねると、ルイ様の顔には明確な暗い影が差し込んだ。
〔……ああ、そうなんだ。実は、数か月前からずっと体調が悪い。回復魔法や秘薬の調合、名の知れた医術師や薬師による治療……あらゆる手段を尽くしているが、まったく効果がない。対応に苦慮しているところだ〕
ルイ様の話に、ガルシオさんは力なく笑う。
『まぁ、もう寿命が近いのかもしれないな……。世話になったよ……』
〔悲しいことを言うな〕
辛そうなガルシオさんとルイ様を見ると、胸が刺すように痛くなる。
傍らのエヴァさんやアレン君も悲しそうだ。
みんなの様子を見て…………居ても立っても居られなくなった。
「ルイ様、ガルシオさん。……私が【言霊】スキルでガルシオさんの病気を治します」
気がついたら、力強く言っていた。
私のスキルは誰かのためにあるのだから。
「よろしくお願いします」
翌日、お庭でルイ様に改めて紹介されると、エヴァさんとアレン君がパチパチと拍手で歓迎してくれた。
朝陽は眩しく、私の心まで温かい陽光が届くようだ。
安心したのか、昨晩はぐっすり寝てしまった。
居場所があるありがたさを改めて実感する。
ルイ様は私に向き直ると、空中に魔法文字を書かれた。
〔特等メイドといっても、基本的にやってもらうことはエヴァやアレンたちと変わらない。彼女らの仕事をサポートしてくれ〕
「はい、わかりましたっ。何でもやらせていただきますっ」
〔では、まずは屋敷を案内しよう。歩きながら仕事の説明をする〕
「よろしくお願いします」
ルイ様に続き、お屋敷の中を歩く。
執務室、応接室、食堂、大広間、書物庫……。
どれもオリオール家とは比べ物にならないほど豪華絢爛かつ、上品で落ち着いた様相だ。
きっと、ルイ様のセンスがいいのだろう。
〔普段から客は少ないが、来客は応接室で対応することが多い。執務室も勝手に掃除してくれて構わない〕
「なるほど……」
ルイ様が空中に書いたことや、エヴァさんたちに言われたことをノートに逐一メモする。
掃除、洗濯、食事の用意など、家事全般が主な仕事のようだ。
途中、ルイ様が医務室に入った後、エヴァさんが私に言った。
「掃除のやり方とかはちゃんと教えるから安心してね」
「ありがとう。オリオール家にもメイドさんはいたけど、ほとんど義妹と両親に付きっ切りだったの。身の回りのことは自分でやることが多かったから、洗濯とかも一通りはできると思うわ」
実家も一応男爵家だったので、何人かの使用人がいた。
父と義母、そして義妹は家事など何もやらないしわがままなので、いつも三人の世話に追われていたのだ。
どこからかシクシク……という音が聞こえ、何かと思ったらエヴァちゃんとアレン君が涙していた。
「ポーラちゃんの辛い日々がまた明らかになったよ……」
「苦労人だったんですねぇ……」
今までの生活をちょっと伝えただけで、二人はほろりとしちゃう。
とても感受性が豊かな人たちなのだ。
そこまで話したところで、ルイ様がポーションのような容器を片手に医務室から出てきた。
今度はお屋敷から出て、お庭を横切る。
〔庭の草花も世話してやってくれ。君に世話されると嬉しいだろう〕
「かしこまりました。萎れているお花があったら、【言霊】スキルで復活させます」
〔あまり無理はするな。昨日はスキルの効果を確かめるため使ってもらったが、生けるものが死すのは自然の摂理だ〕
ルイ様の言葉からは気遣いが滲む。
私が心穏やかでいられるのも、ルイ様がお優しい方だからと思う。
期待に応えられるよう頑張らなきゃ。
心の中で密かに、だけど力強く決心する。
お屋敷から歩くこと約五分。
私たちは大きな森の手前に着いた。
20mほどもある背の高い木がいくつも立ち並び、鬱蒼と草木が茂る。
森の中は薄暗いのに不思議と怖くはなく、むしろ威風堂々とした荘厳な印象だった。
まるで聖域を思わせる神聖な森に見える。
爽やかな空気を吸いながら、隣のルイ様に伝えた。
「こんなに大きくて深い森は初めて見ました。それに、なんだか神聖さも感じます」
〔ここは‟霊気の森“という。代々アングルヴァン家に伝わる森だ。君にはこの森の手入れも頼みたい。広大なので、エヴァとアレンだけでは手が回らないのだ。私もたまに手入れをしているがな〕
ルイ様を先頭に、“霊気の森”に足を踏み入れる。
遊歩道のような道が、右に左にと緩やかに曲がりながら奥へと続く。
てっきり手つかずの自然が広がっているものだと思っていたけど、きちんと人が通れるよう整備されていた。
「外からは遊歩道があるとは思いませんでした」
〔たまに来客を案内することもあるんだ〕
木々の幹は太く、空高く伸びる。
足元には小さなお花が元気いっぱいに咲いており、見る者を楽しませた。
森の外に比べて太陽の光は遮られているはずなのに、薄暗さは少しも感じない。
暗いどころか、木漏れ日がちらちらと瞬いて幻想的でどこまでも美しい。
木陰には精霊がいたり、花の周りでは妖精が躍っていてもおかしくない雰囲気だ。
ひときわ澄んだ空気で胸が満たされ、歩くだけで気分爽快となる。
草木もまた適度な密度で、伸びやかに生えていた。
過度に密集しないよう、細かく手入れされているのだなと感じられた。
ルイ様は歩きながら、道端に咲く草や花についてあれこれと説明してくれた。
花の部分が朧げに光る〈朧すずらん〉、花びらが星の形をした桜草〈星桜草〉、小さなお姫様みたいな上品さがある〈ヒメ菜の花〉……。
知らないお花や植物がいっぱいあるな。
ここ‟ロコルル“はオリオール家より北に位置するからか、見たことない植物ばかりだった。
しばらく歩くと、ルイ様にお願いしたいことが頭に浮かぶ。
「あの、ルイ様。一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
〔なんだ?〕
「お屋敷の書物庫にある本を読ませていただけませんか? アングルヴァン家の歴史や、草花の種類を知りたいのです」
〔ああ、別に構わないが。君は本を読むのが好きなのか?〕
私のお願いに対して、ルイ様はさらさらと魔法文字を書く。
たしかに、昔から読書が好きだったけど、一つの重要な理由があった。
「読書が好きなのもそうですが……それ以上に、ルイ様のお役に立てるよう少しでも見聞を広げたいのです。【言霊】スキルは、相手のことを知れば知るほど強力になりますから」
まったく知らないものに対しては、【言霊】スキルの効き目は弱くなる。
逆に、知れば知るほど効果が強くなるのだ。
その旨も説明すると、ルイ様は静かに聞いていた。
〔……なるほどな。そういうことなら、尚更たくさん本を読みなさい。図書室も好きに使ってくれて構わない。さて……君に紹介しておく者がいる〕
そう書くと、ルイ様は遊歩道から外れて森の中に足を踏み入れた。
遊歩道から離れるほど森は深くなるけど、ルイ様は躊躇なく進む。
紹介しておく者って、木こりさんとかかな?
ガサガサと歩くこと数分、草木の奥にひときわ大きな樹が見えてきた。
もしかしたら、背の高さは40mくらいまであるかもしれない。
太い幹はまるで巨人の腕みたいだ。
そして、木の下には見慣れない灰色の丸い塊があった。
ルイ様は巨大な樹の方へ進むと、灰色の塊の前で止まる。
〔君に紹介したい者とは彼のことだ〕
「え……? こちらが……ですか?」
ルイ様はしゃがみ込むと、灰色の塊を優しく揺する。
灰色の塊はもぞもぞと動き……なんと狼に変わった。
美しい黄色の瞳に真っ直ぐ伸びた鼻。
力強さと高貴さが共存したような凛々しさが感じられる……だけど、呼吸も浅いし、どことなく元気のない感じがした。
私も身を屈めると、ルイ様が目の前に魔法文字を書く。
〔彼はガルシオ。フェンリルだ〕
「フェ、フェンリルッ!? ……でございますか!?」
驚きで思わず叫んでしまった。
だって、最も有名な伝説の神獣だ。
出会えるのは人生で一度あるかないかという、大変に珍しい存在だった。
まさか、紹介したい人がフェンリルだったとは……。
てっきり木こりさんとかだと思っていたから、とにかく驚いた。
放心する私に、当のフェンリルが気怠そうに顔を向ける。
『見かけない顔のお嬢さんだな……。新入りか……?』
「ひ、人の言葉ぁ!? ……を話せるのですか!」
今度は普通に話しかけられ、またもや激しく驚いた。
〔そんなに驚くことは無い。フェンリルは人語など容易く話す。よく知られていることだ。ちなみに、ガルシオは文字も読める〕
ルイ様は簡単に書くけど、私には初耳もいいところだった。
私のフェンリルについての知識は、伝え聞いた伝承や本に書かれていた内容くらいしかない。
ガルシオさんは、ゆっくりと私に右手を伸ばす。
『俺はガルシオだ……よろしく……』
「あっ、ポーラ・オリオールです。昨日からルイ様のお屋敷で、特等メイドとして働いております」
『へぇ~、そんなメイドがいるんだなぁ……。まぁ、よろしく』
ガルシオさんと握手を交わす。
思ったより冷たい体温に、内心ひやっとした。
伝え聞いた話では、フェンリルの毛は常に銀色に光り輝くそうだ。
わずかな月明かりでもキラキラと輝き、見る者を釘付けにしてしまうという。
それなのに、今のガルシオさんの毛はくすんだ灰色で、ぺたんと力なく倒れていた。
ルイ様は懐から、先ほどのポーションを取り出す。
〔ほら、ガルシオ。新しく調合したポーションだ。飲んでくれ〕
『ありがとうよ……』
ガルシオさんはポーションを受け取ると、両手で持ってこくりと飲んだ。
すかさず、ルイ様は魔法文字を急いで書いて尋ねる。
〔体の具合はどうだ?〕
『……あまり変わらないな』
二人のやり取りを見ていると、心の中に薄っすらと漂っていた心配が徐々に色濃くなった。
もしかして……。
「ガルシオさんは具合が悪いのですか……?」
私が尋ねると、ルイ様の顔には明確な暗い影が差し込んだ。
〔……ああ、そうなんだ。実は、数か月前からずっと体調が悪い。回復魔法や秘薬の調合、名の知れた医術師や薬師による治療……あらゆる手段を尽くしているが、まったく効果がない。対応に苦慮しているところだ〕
ルイ様の話に、ガルシオさんは力なく笑う。
『まぁ、もう寿命が近いのかもしれないな……。世話になったよ……』
〔悲しいことを言うな〕
辛そうなガルシオさんとルイ様を見ると、胸が刺すように痛くなる。
傍らのエヴァさんやアレン君も悲しそうだ。
みんなの様子を見て…………居ても立っても居られなくなった。
「ルイ様、ガルシオさん。……私が【言霊】スキルでガルシオさんの病気を治します」
気がついたら、力強く言っていた。
私のスキルは誰かのためにあるのだから。