恋するソクラテス
翌朝、学校に行くと、いつも通り、多方向からの視線を感じつつ僕は席についた。
席について、いつも通り、教科書を机にしまう。
机に教科書を入れるため、机に手を入れる。すると、空っぽのはずなに、手に何かが触れた。当たる感じ、それは紙のようだと推測できる。
僕はそれを机の右側に手探りで寄せて、教科書を左側に入れた。手を机の中から出すと同時に、その紙も一緒に取り出す。
目視で確認すると、それはくしゃくしゃになったノートの切れ端だった。そこに黒い線が引いてある。
その線は言葉になっていた。
『死ね』
僕は心底ため息をつく。
こんな陰湿なこと今時小学生でもやらないぞ。
なぜ、これが僕の机に投函されたかは、見当がついている。
彼女はこのクラスの男子からモテている。
ゆえに、僕と彼女の関係をよく思わない奴が嫉妬心から嫌がらせをしているのだ。
面倒くさい。
面と向かって、殴られた方がまだよかった。
誰がやったかわからない分、こういうのが一番、達が悪い。
僕はそれを、制服のポケットにしまって、スマホをいじった。
すると、担任が入ってきて、彼女が本日も休みだと、告げた。
昨日、長居しすぎたせいだと思い、僕は少し、バツが悪くなった。
その日はそれ以外、何事もなく終わった。
次の日も、彼女は学校に来なかった。
少し心配になり、僕からメールを送ろうとしたがその必要はなくなった。
その日のお昼休み中、いつも通り、前の席のクラスメイトと食堂に行き、昼食をとっている時、彼女からメールが来たのだ。
『今日の放課後、空いてる?空いてたら南小学校の隣の喫茶店に来て!』
僕は『了解!』と返した。
放課後、僕は足早に学校を後にし、直接喫茶店に向かった。
入るなり、彼女はすでにおり、オーナーであるおばちゃんと楽しそうに談笑していた。
「あっ。やっほー!」
「いらっしゃい」
「学校さぼって喫茶店でお茶なんて、いい身分だね」
「そうよ!昨日、告白されたんだから秋桜くんよりいい身分よ!」
僕は何かを頼まないと悪いのでココアを注文した。
おばちゃんは人懐っこい笑顔を見せて厨房に消えていった。
告白の件は興味なかったので、触れずに今日なぜ呼んだのか訊いた。
「それがねー。実は入院することになっちゃってさー」
彼女はホットレモンティー飲みながら言った。
僕が何かを言おうとしたタイミングでなにも知らないおばちゃんがココアを持って現れた。
「ありがとうございます」
受け取り、一口飲む。
美味い。
「誰に、告白されたでしょー!」
「あっ、戻すんだ」
「もちろん!私がモテているっていうことを証明したいからね~」
「変わった趣味だね。・・・クラスの男子じゃない」
告白の件を彼女から聞いて、なんとなく見当がついていたので、それをそのまま言った。
「ぴんぽーん!でも、この先は秘密なんだ!ごめんね秋桜くん」
口の前でチャックするような仕草をする。
「こっちこそ、ごめん。最初から興味ないんだ」
「いちいち、ひどいよね、秋桜くんは」
そして、「告白に乾杯」とわけのわからない宣言をし、僕のグラスに自分のカップをぶつけた。「キーン」という音が小さい喫茶店に響く。
その後、僕と彼女とおばちゃんで軽く雑談し、喫茶店を出た。
外は、すっかり日が落ちて肌寒かった。
「さむいね!一気に寒くなったよね」
「十月だしね」
並んで歩いた。
「ちょっとさ、紅葉見に行かない?絶対今が見ごろだよ!」
「どこに?」
「ミューズパーク!まだバスあるから行こうよ!」
ミュージュパークとは僕らの地元にある、大きな公園で、観光客も多く訪れる場所だ。
自然豊かな場所で一年通して四季を楽しめる。
確かに、ちょうど今頃がイチョウや紅葉の見ごろかもしれない。
僕は、もう走り出している彼女の後を歩いて追った。
「お金ある?」
バス停でバスを持っている時彼女が訊いた。
「あるよ、てか、十五分くらいでしょ?」
「そうだよ!行ったことあるでしょ!」
「あるけどさ、紅葉だけをメインに行ったことはないかも」
「私も!でも絶対きれいだよ!」
僕らはバスに乗り、目的地を目指した。と、言っても、地元なので少し山を登ればすぐに着く。
十五分ほど揺られ、バスから降りた。
少し歩くと、イチョウがずらりと並ぶ道に出た。
「うわー!めっちゃきれい!」
暗かったけれど、両サイドからのライトアップがあり、綺麗にイチョウ並木が僕らの目の前に映し出される。
それは、確かに、もの凄く綺麗で幻想的だった。
「昼間見るのもいいけど、ライトアップされて見るのも神秘的でめっちゃいいね!」
横で彼女はテンションを上げている。
僕らはそのイチョウ並木をゆっくり歩いて味わった。
「これは、私についてきて、正解だと思ったでしょ?」
「・・・うん、まぁ少し」
「もう素直じゃないな」
彼女は不貞腐れたような表情を見せるが、口角の端は上がっていた。
「君が楽しそうで何よりだよ」
「すっごい楽しいよ~」
しばらく歩いて、彼女がこんな提案をした。
「そうだ!これをバックに写真撮ろうよ!」
僕は少しムッとした。
「写真?僕、あんまり好きじゃないんだけど」
「いいじゃん!女子なんて毎回写真撮るんだよ!ほらほら」
僕は彼女に腕をつかまれ、ぐいっと引き寄せられる。
スマホを内カメにし、僕と彼女と紅葉と、少し傾け夜空が写るようにし、彼女はシャッターを切った。
フラッシュをたいたため、景色がよく写った。
僕は間抜けな顔をし、彼女は健康的な白い歯を見せ、ピースサインをしているという、僕にとっては黒歴史に残る写真ができ上ってしまった。
僕らは、最終のバスの時間に間に合わなければいけないので、長居はせずすぐにバス亭に戻った。
バスに乗り、前の方の席に二人並んで座った。バス内は僕ら以外に人はいなかった。
「そういえば、入院するの?」
「そうそう!治療に専念するんだ!一応、学校はやめないけどね~」
「すぐに学校に戻ってくるんでしょ?」
「それがね~。もう、余命は過ぎてるし、わかんないんだよね。最近、体調不良も多いし」
「・・・・そっか・・・」
「だから、病院に遊びに来てよ!いい?」
僕は迷いなく答えた。
「もちろん」
「やったー!病院での楽しみが増えたよ!」
「そんなの楽しみにするなよ」
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