恋するソクラテス
彼女が亡くなってから十一日目の朝を迎えた。
今日はいつになく、早起きだ。学校も行ってないのに早く起きるなんて。
しかし、今日は目が覚めてしまったのだ。昨日の夜、僕のメールに一通通知が届いたのだ。
通知は彼女からだった。
まさか、と思い通知を開いた。すると、それは彼女の母親から送られてきたものだった。
僕は、無断で彼女を連れ出し、挙句の果てには殺してしまったのだ。許されるはずがない。彼女のご遺族に合わせる顔がなかったため、お通夜やお葬式には顔を出さなかった。しかし、メールの内容は僕を批判するような辛辣なものではなく、丁寧な言葉で、暇があったら家に来てほしいと綴られてた。
僕はいてもたってもいわれなくなり、翌日の向かう旨を伝えた。
一体要件はなんなのだろうか。それに彼女の遺影に挨拶していないため都合が良かった。
僕は、ゆっくり朝食をしまい、制服を着て、外に出る。
雨が降っていた。
僕はビニール傘を差し、歩き始める。
コンビニに立ち寄り、お線香と迷った末、チョコレートのお菓子を買った。
僕はコンビニを後にし、彼女の家までの道のりを思い出しながら歩いた。
車の騒音は消え、閑静な住宅地を歩く。進むと水色の家が見えてきた。
つい、懐かしさを覚えてしまい、少し頬が緩んだ。
家の前まできて、彼女が作った木の表札の下にあるインターフォンを鳴らす。
緊張していた、もしかしたら僕を目の前にしたら怒りだすかもしれない。
それはそうだ、僕が連れ出さなければ彼女はまだ生きていたのかもしれないのだから。
『はい・・・』
くぐもった女性の声がインターフォン越しに聞こえてきた。
『クラスメイトの志村秋桜です』
『ああ・・・ちょっと待ってね』
インターフォンは切られた。優しい口調から僕の心配は杞憂に思われる。
ややって、玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい」
お母さんは彼女にそっくりな方だった。僕は「失礼します」といい、家の中に入る。
「この度は、その、僕のせいで・・・」
僕はズボンの裾を握りしめながら言葉をつないだ。
「そんなかしこまらないで。さー上がって」
彼女は優しく微笑み、僕を迎え入れた。
「お邪魔します」
僕は靴をしっかり揃え、家に上がった。
いつか来た、リビング兼キッチンを通り過ぎ、奥の畳の部屋に通された。
入った瞬間、視界が脳が捉えた情報に僕は一瞬ひるんだ。何かがあふれ出しそうになるのを必死で止めた。
お母さんが先に膝を折り、その場に座った。「秋桜くんが来てくれたわよ」と遺影に向かって話しかけた。遺影には、はじける笑顔で、こちらを向く彼女の姿があった。その横には僕の絵も飾られてある。
「その絵、しおん凄く大事にしてたのよ」
僕の視線に気が付いたお母さんが涙声で言った。
僕もその場に座り、座布団をよけて木製の棚の前に正座した。
僕はリュックからコンビニで買ったチョコレートのお菓子を取り出した。
「あら、しおんが好きなお菓子じゃない。どうぞ、しおんの横にお供えしてあげて」
僕は、無言でそれを彼女の遺影の横にそっと置いた。
ろうそくに火がついていたので、買ってきたお線香に火を移す。そして手をあわせた。
何も祈ることはなかった。生きているうちに祈ることはたくさんあったのに。すべて霧散した。
お参りを終え、目を開ける。と同時にお母さんが口を開いた。
「来てくれて本当によかったわ。あの子に頼み事をされていたの。ちょっと待っててね」
お母さんは立ち上がり、部屋を後にした。しばらくして、戻ってきたお母さんの手には、懐かしさを覚える、一冊の日記帳があった。それを僕に差し出す。
「これをね、秋桜くんに渡してほしいって頼まれてたのよ」
「そ、そんな。僕が見ていいものなのでしょうか」
「当たり前じゃない。それはしおんがあなたに残したものよ」
僕に・・・残したもの・・・
僕はその日記帳を受け取り、はやる気持ちを抑え、ぺらりとページをめくる。
そこにはいつか見た、丸文字が並んでいた。
『十月二十日
今日、病気だと診断された。余命は一年。
お父さんと同じ病気でやっぱりなって思った。
家に帰っても何もやる気が起きないのでネットで調べたところ日記を書くことに決めた。
今日からこの日記帳に色々なことを書き込んでいこうと思う。』
『十一月二日
今日、スマホをいじっていたら、知恵袋でやりたいことをリストアップすると良いと書いてあったので、私がやりたいことをリストアップしてみる。
やりたいこと
・巨大パフェを食べたい
・カラオケで歌いまくりたい
・異性と遊びたい(仲のいい男子なんていないけど)
・異性と二人きりでお泊りしたい(恋愛ドラマの影響)
・異性に料理をふるまいたい
・オールがしたい(大学生にはなれないから)
・シチリアに行きたい
・恋がしたい
ざっとこんなもんかな。・・・・』
日記は毎日行われているわけではなかった。
『十一月二九日
今日はクラスの男子に告白された。よく話こともない人。当然振った。恋はしたいけど、誰でもいいわけじゃないし。
リストを作ったけど、もうどうでもいいや。早く、死にたい。
自殺しなくも、病気が私を殺してくれるから、それまで待とう・・・・』
『一月五日
日記帳なのに、すっごい期間が空きすぎてる。
私は何をやっても続かない。人生も。でも、いいや、もうすぐ死ぬんだし。
ある意味よかった、病気になって・・・・・』
それからも、日記の日付は飛び飛びだった。
月に多くて三回。少ない時は二か月、飛んでいることもあった。
次のページは文字が消された跡があり読むことができなかった。しかし、一言。
『やりたいことができそう』とシャーペンではなく、黒いボールペンで書かれていた。
『九月二日
・・・・昨日は、クラスメイトの秋桜くんと、まさかまさかのパフェを食べに行った!
なぜ仲良くなったかはあんまり書きたくないけど。
でも、とっても楽しかった!しかも夜休みの羊が好きっていう偶然!これは仲良くせねば!明日はカラオケだー!楽しむぞー!!・・・・』
『九月三日
・・・・今日は秋桜くんとカラオケしてきた!
秋桜くんに少し怒りをぶつけてしまった。ごめんなさい。でも秋桜くんには生きててほしい。
カラオケはすごい楽しかった!喉ヘトヘト。秋桜くんも歌上手い!それから帰りにクレヨンとスケッチブックを買った!いつかシチリアに行って秋桜くんに絵を描いてほしいな。台風が休日に来るらしい!これはチャンスかも!・・・・・』
『九月七日
・・・・今日は学校を休んで、検査にいった。
あんまりよくないみたい・・・・
くよくよしてもダメだよね!明日遠出だ!がんばれ私!台風よ味方してくれよ!・・・』
『九月九日
・・・・昨日と今日!なんと!旅行ができた!台風が来ないかと思ったらちゃんと来てくれた!
旅はハプニング!とっても楽しかった!今、雑誌を読んでいる。これは思い出の品になりそうだ・・・・そうだ、昨日寝る前にシチリアに行きたいって言ったんだけど、秋桜くん寝ぼけて覚えてないだろうな~。でも行きたい!秋桜くんと・・・・よし!明日馬鹿なふりして、海に行こう!予行練習だ・・・』
『九月十日
・・・今日は学校さぼって海に行った!おとといとは打って変わっていい天気!
風が気持ちよかったな。それから!秋桜くんの絵上手い!さすがだよ。見直してしまった!
ますます、シチリアに行くのが楽しみになった!・・・・』
僕は日記を一文字一文字丁寧に読み進めていった。
やがて読み終わり、静かに日記帳を閉じようとした時、お母さんから声がかかった。
「まだよ。そこはしおんの日記の部分。秋桜くんに読んでもらいたいのはそこじゃないの。しおんが言ってた。秋桜くんに宛てたものだからお母さんも見ないでと」
僕は、再び日記帳を開き、ページをめくった。空白のページが続いた。
日記のページ数が半分を少し過ぎたところで手をとめた。
黒い文字が書かれていた。
今日はいつになく、早起きだ。学校も行ってないのに早く起きるなんて。
しかし、今日は目が覚めてしまったのだ。昨日の夜、僕のメールに一通通知が届いたのだ。
通知は彼女からだった。
まさか、と思い通知を開いた。すると、それは彼女の母親から送られてきたものだった。
僕は、無断で彼女を連れ出し、挙句の果てには殺してしまったのだ。許されるはずがない。彼女のご遺族に合わせる顔がなかったため、お通夜やお葬式には顔を出さなかった。しかし、メールの内容は僕を批判するような辛辣なものではなく、丁寧な言葉で、暇があったら家に来てほしいと綴られてた。
僕はいてもたってもいわれなくなり、翌日の向かう旨を伝えた。
一体要件はなんなのだろうか。それに彼女の遺影に挨拶していないため都合が良かった。
僕は、ゆっくり朝食をしまい、制服を着て、外に出る。
雨が降っていた。
僕はビニール傘を差し、歩き始める。
コンビニに立ち寄り、お線香と迷った末、チョコレートのお菓子を買った。
僕はコンビニを後にし、彼女の家までの道のりを思い出しながら歩いた。
車の騒音は消え、閑静な住宅地を歩く。進むと水色の家が見えてきた。
つい、懐かしさを覚えてしまい、少し頬が緩んだ。
家の前まできて、彼女が作った木の表札の下にあるインターフォンを鳴らす。
緊張していた、もしかしたら僕を目の前にしたら怒りだすかもしれない。
それはそうだ、僕が連れ出さなければ彼女はまだ生きていたのかもしれないのだから。
『はい・・・』
くぐもった女性の声がインターフォン越しに聞こえてきた。
『クラスメイトの志村秋桜です』
『ああ・・・ちょっと待ってね』
インターフォンは切られた。優しい口調から僕の心配は杞憂に思われる。
ややって、玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい」
お母さんは彼女にそっくりな方だった。僕は「失礼します」といい、家の中に入る。
「この度は、その、僕のせいで・・・」
僕はズボンの裾を握りしめながら言葉をつないだ。
「そんなかしこまらないで。さー上がって」
彼女は優しく微笑み、僕を迎え入れた。
「お邪魔します」
僕は靴をしっかり揃え、家に上がった。
いつか来た、リビング兼キッチンを通り過ぎ、奥の畳の部屋に通された。
入った瞬間、視界が脳が捉えた情報に僕は一瞬ひるんだ。何かがあふれ出しそうになるのを必死で止めた。
お母さんが先に膝を折り、その場に座った。「秋桜くんが来てくれたわよ」と遺影に向かって話しかけた。遺影には、はじける笑顔で、こちらを向く彼女の姿があった。その横には僕の絵も飾られてある。
「その絵、しおん凄く大事にしてたのよ」
僕の視線に気が付いたお母さんが涙声で言った。
僕もその場に座り、座布団をよけて木製の棚の前に正座した。
僕はリュックからコンビニで買ったチョコレートのお菓子を取り出した。
「あら、しおんが好きなお菓子じゃない。どうぞ、しおんの横にお供えしてあげて」
僕は、無言でそれを彼女の遺影の横にそっと置いた。
ろうそくに火がついていたので、買ってきたお線香に火を移す。そして手をあわせた。
何も祈ることはなかった。生きているうちに祈ることはたくさんあったのに。すべて霧散した。
お参りを終え、目を開ける。と同時にお母さんが口を開いた。
「来てくれて本当によかったわ。あの子に頼み事をされていたの。ちょっと待っててね」
お母さんは立ち上がり、部屋を後にした。しばらくして、戻ってきたお母さんの手には、懐かしさを覚える、一冊の日記帳があった。それを僕に差し出す。
「これをね、秋桜くんに渡してほしいって頼まれてたのよ」
「そ、そんな。僕が見ていいものなのでしょうか」
「当たり前じゃない。それはしおんがあなたに残したものよ」
僕に・・・残したもの・・・
僕はその日記帳を受け取り、はやる気持ちを抑え、ぺらりとページをめくる。
そこにはいつか見た、丸文字が並んでいた。
『十月二十日
今日、病気だと診断された。余命は一年。
お父さんと同じ病気でやっぱりなって思った。
家に帰っても何もやる気が起きないのでネットで調べたところ日記を書くことに決めた。
今日からこの日記帳に色々なことを書き込んでいこうと思う。』
『十一月二日
今日、スマホをいじっていたら、知恵袋でやりたいことをリストアップすると良いと書いてあったので、私がやりたいことをリストアップしてみる。
やりたいこと
・巨大パフェを食べたい
・カラオケで歌いまくりたい
・異性と遊びたい(仲のいい男子なんていないけど)
・異性と二人きりでお泊りしたい(恋愛ドラマの影響)
・異性に料理をふるまいたい
・オールがしたい(大学生にはなれないから)
・シチリアに行きたい
・恋がしたい
ざっとこんなもんかな。・・・・』
日記は毎日行われているわけではなかった。
『十一月二九日
今日はクラスの男子に告白された。よく話こともない人。当然振った。恋はしたいけど、誰でもいいわけじゃないし。
リストを作ったけど、もうどうでもいいや。早く、死にたい。
自殺しなくも、病気が私を殺してくれるから、それまで待とう・・・・』
『一月五日
日記帳なのに、すっごい期間が空きすぎてる。
私は何をやっても続かない。人生も。でも、いいや、もうすぐ死ぬんだし。
ある意味よかった、病気になって・・・・・』
それからも、日記の日付は飛び飛びだった。
月に多くて三回。少ない時は二か月、飛んでいることもあった。
次のページは文字が消された跡があり読むことができなかった。しかし、一言。
『やりたいことができそう』とシャーペンではなく、黒いボールペンで書かれていた。
『九月二日
・・・・昨日は、クラスメイトの秋桜くんと、まさかまさかのパフェを食べに行った!
なぜ仲良くなったかはあんまり書きたくないけど。
でも、とっても楽しかった!しかも夜休みの羊が好きっていう偶然!これは仲良くせねば!明日はカラオケだー!楽しむぞー!!・・・・』
『九月三日
・・・・今日は秋桜くんとカラオケしてきた!
秋桜くんに少し怒りをぶつけてしまった。ごめんなさい。でも秋桜くんには生きててほしい。
カラオケはすごい楽しかった!喉ヘトヘト。秋桜くんも歌上手い!それから帰りにクレヨンとスケッチブックを買った!いつかシチリアに行って秋桜くんに絵を描いてほしいな。台風が休日に来るらしい!これはチャンスかも!・・・・・』
『九月七日
・・・・今日は学校を休んで、検査にいった。
あんまりよくないみたい・・・・
くよくよしてもダメだよね!明日遠出だ!がんばれ私!台風よ味方してくれよ!・・・』
『九月九日
・・・・昨日と今日!なんと!旅行ができた!台風が来ないかと思ったらちゃんと来てくれた!
旅はハプニング!とっても楽しかった!今、雑誌を読んでいる。これは思い出の品になりそうだ・・・・そうだ、昨日寝る前にシチリアに行きたいって言ったんだけど、秋桜くん寝ぼけて覚えてないだろうな~。でも行きたい!秋桜くんと・・・・よし!明日馬鹿なふりして、海に行こう!予行練習だ・・・』
『九月十日
・・・今日は学校さぼって海に行った!おとといとは打って変わっていい天気!
風が気持ちよかったな。それから!秋桜くんの絵上手い!さすがだよ。見直してしまった!
ますます、シチリアに行くのが楽しみになった!・・・・』
僕は日記を一文字一文字丁寧に読み進めていった。
やがて読み終わり、静かに日記帳を閉じようとした時、お母さんから声がかかった。
「まだよ。そこはしおんの日記の部分。秋桜くんに読んでもらいたいのはそこじゃないの。しおんが言ってた。秋桜くんに宛てたものだからお母さんも見ないでと」
僕は、再び日記帳を開き、ページをめくった。空白のページが続いた。
日記のページ数が半分を少し過ぎたところで手をとめた。
黒い文字が書かれていた。