恋するソクラテス
九月一日は一番自殺者数が多い日。成長の過程で、そんな情報を得た、僕は、まさか自分がそのうちの一人になるなんて、その情報を知った時には思いもしなかった。
もともと、生きることに対して、前向きでも後ろ向きでもなかった僕は、何となく年老いて、一定の年齢を超えたら年金暮らしをし、八十手前でひっそり死んでいくもんだと思っていた。
脚光など浴びず、劇的な何かが起こるわけでもなく、ただ平凡で平らな人生を送っていく、そう思っていた。決して悪いことじゃない。しかし、時が流れるにつれて、僕の中で生きていくことがだんだんと後ろ向きになっていった。それは、空気が入っていく風船みたいに肥大していき、やがて消化できなくなっていた。
十七年生きて、人生の無意味さ、そして今を生きることの面倒くささ、そして未来への不安が僕を学校の屋上に動かした。
その風船は死にたいという明確な感情に変化していったのだ。
屋上に繋がる階段を一段一段、丁寧に上っていく。屋上のドアを開けるためドアノブを握りしめる。鍵がかかっていたらどうしようとは思わなかった。もしかしたら、風船が脳まで支配していて思考を停止させていたのかもしれない。ドアは簡単に開いた。キィ―という鼓膜を叩く嫌な音を立てて。外は、僕の心に反して快晴だった。秋晴れ。いや、これで、人生を終わらせられる!という捉え方をすれば僕の心にそぐっていたのかもしれない。自殺は別にネガティブな行動じゃない。
数十メートルほど歩き、屋上の柵に触れる。柵は、僕の胸のあたりできちんと整列し、高校生の身体能力では、ゆうに飛び越えられる位置にあった。僕は躊躇わず柵を飛び越えようとした。しかし、それは、僕の耳に届いた、人間の声によって止められた。
「ちょっと!なにしてんの!」
僕は驚き振り返る。
そこには、クラスメイトである、望月しおんが大きく肩を揺らして立っていた。
「な、なに?」
僕は動揺を隠せなかった。
でも、死のうとしてることがバレていないことを期待した。
バレていたら色々面倒くさそうだ。
「なに、じゃないよ!今、死のうとしてたでしょ!」
僕の期待はあっけなく霧散した。
僕は開き直る。
「死のうとしてたとして、クラスメイトである君に関係ある?」
「あるよ!とにかく、一回柵から離れて」
彼女の指示をシカトしていたら、彼女はスタスタと僕に近づき、僕の手を引いて屋上の真ん中まで移動させた。
向き合う。改めて、顔を見ると彼女は意外にも優しく、そして切ない顔をしていた。
僕は黙って彼女をみる。
「死にたくなる時もあるけどさ、もう少し生きてみない?せっかく健康に生まれたんだしさ、もったいないよ」
さっきの威勢はなくなり、彼女は少し照れてたように上目遣いで言った。
僕はどう答えていいかわからなかったが、言葉を発さずに、ただ頷いた。なぜ頷いたかは自分でもわからない。彼女の言葉に納得したから?それは違う。彼女の瞳がまっすぐだったから?それも違う。本当にただ何となく。
「・・・・じゃ、もういい?」
沈黙が続いたので会話が終わったとみなした僕は、彼女にそう告げて彼女の返事を待たずに、ドアの方へ歩を進めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!秋桜(あきら)くんがこのまま死なないか、私、監視する!」
彼女の思い付きのような言い方に歩みを止めて答える。
「もう死なないから。余計なお世話だよ」
「いいや!信じられない!だから、今から私に付き合ってもらうね!」
僕は首を傾げる。そして、思った通り面倒臭くなったなと心の中でため息をついた。
「とりあえずさ、屋上から出よ。先生に見つかったたら始末が悪いし」
彼女に促されて僕らは屋上を出て、階段を下る。下駄箱に着き、彼女と並んで上履きから靴に履き替える。彼女は器用に靴紐を縛り、立ち上がって先を歩く僕に並んだ。
「それでどこに行くの?」
「お!乗り気じゃん!えーとね、パフェリゾートに行く!」
僕は決して乗り気ではない。
彼女は隣でへらへら笑っていた。不幸中の幸いは校門までの道中、顔見知りとすれ違わなかったことだ。屋上での時間経過が、校門から人影を消した。なんて言い方をすると文学的だけど、同学年の連中は皆受験が控えているため、屋上で死のうとしている奴と、それを大げさに止めた奴以外は、皆学校が終われば足早に家路につく。
ちなみに、パフェリゾートとは、パフェ専門のチェーン店のこと。
校門を出て、パフェリゾートを目指す。夕焼けが僕らを見下ろしていた。
もともと、生きることに対して、前向きでも後ろ向きでもなかった僕は、何となく年老いて、一定の年齢を超えたら年金暮らしをし、八十手前でひっそり死んでいくもんだと思っていた。
脚光など浴びず、劇的な何かが起こるわけでもなく、ただ平凡で平らな人生を送っていく、そう思っていた。決して悪いことじゃない。しかし、時が流れるにつれて、僕の中で生きていくことがだんだんと後ろ向きになっていった。それは、空気が入っていく風船みたいに肥大していき、やがて消化できなくなっていた。
十七年生きて、人生の無意味さ、そして今を生きることの面倒くささ、そして未来への不安が僕を学校の屋上に動かした。
その風船は死にたいという明確な感情に変化していったのだ。
屋上に繋がる階段を一段一段、丁寧に上っていく。屋上のドアを開けるためドアノブを握りしめる。鍵がかかっていたらどうしようとは思わなかった。もしかしたら、風船が脳まで支配していて思考を停止させていたのかもしれない。ドアは簡単に開いた。キィ―という鼓膜を叩く嫌な音を立てて。外は、僕の心に反して快晴だった。秋晴れ。いや、これで、人生を終わらせられる!という捉え方をすれば僕の心にそぐっていたのかもしれない。自殺は別にネガティブな行動じゃない。
数十メートルほど歩き、屋上の柵に触れる。柵は、僕の胸のあたりできちんと整列し、高校生の身体能力では、ゆうに飛び越えられる位置にあった。僕は躊躇わず柵を飛び越えようとした。しかし、それは、僕の耳に届いた、人間の声によって止められた。
「ちょっと!なにしてんの!」
僕は驚き振り返る。
そこには、クラスメイトである、望月しおんが大きく肩を揺らして立っていた。
「な、なに?」
僕は動揺を隠せなかった。
でも、死のうとしてることがバレていないことを期待した。
バレていたら色々面倒くさそうだ。
「なに、じゃないよ!今、死のうとしてたでしょ!」
僕の期待はあっけなく霧散した。
僕は開き直る。
「死のうとしてたとして、クラスメイトである君に関係ある?」
「あるよ!とにかく、一回柵から離れて」
彼女の指示をシカトしていたら、彼女はスタスタと僕に近づき、僕の手を引いて屋上の真ん中まで移動させた。
向き合う。改めて、顔を見ると彼女は意外にも優しく、そして切ない顔をしていた。
僕は黙って彼女をみる。
「死にたくなる時もあるけどさ、もう少し生きてみない?せっかく健康に生まれたんだしさ、もったいないよ」
さっきの威勢はなくなり、彼女は少し照れてたように上目遣いで言った。
僕はどう答えていいかわからなかったが、言葉を発さずに、ただ頷いた。なぜ頷いたかは自分でもわからない。彼女の言葉に納得したから?それは違う。彼女の瞳がまっすぐだったから?それも違う。本当にただ何となく。
「・・・・じゃ、もういい?」
沈黙が続いたので会話が終わったとみなした僕は、彼女にそう告げて彼女の返事を待たずに、ドアの方へ歩を進めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!秋桜(あきら)くんがこのまま死なないか、私、監視する!」
彼女の思い付きのような言い方に歩みを止めて答える。
「もう死なないから。余計なお世話だよ」
「いいや!信じられない!だから、今から私に付き合ってもらうね!」
僕は首を傾げる。そして、思った通り面倒臭くなったなと心の中でため息をついた。
「とりあえずさ、屋上から出よ。先生に見つかったたら始末が悪いし」
彼女に促されて僕らは屋上を出て、階段を下る。下駄箱に着き、彼女と並んで上履きから靴に履き替える。彼女は器用に靴紐を縛り、立ち上がって先を歩く僕に並んだ。
「それでどこに行くの?」
「お!乗り気じゃん!えーとね、パフェリゾートに行く!」
僕は決して乗り気ではない。
彼女は隣でへらへら笑っていた。不幸中の幸いは校門までの道中、顔見知りとすれ違わなかったことだ。屋上での時間経過が、校門から人影を消した。なんて言い方をすると文学的だけど、同学年の連中は皆受験が控えているため、屋上で死のうとしている奴と、それを大げさに止めた奴以外は、皆学校が終われば足早に家路につく。
ちなみに、パフェリゾートとは、パフェ専門のチェーン店のこと。
校門を出て、パフェリゾートを目指す。夕焼けが僕らを見下ろしていた。