恋するソクラテス
店内に入り店員さんに「何名様ですか?」と訊かれ二名席に通された。店内は空いており、店内のBGMがよく聞こえた。席に着くなり、店員さんが水を持ってきてくれる。と、同時に彼女は、パフェタワーを注文したので僕は透かさず、彼女の注文に水を差した。
「ちょっと、パフェタワー?そんなに食べられないし、そんなお金持ってないよ」
「お金は私が払うよ。大丈夫!二人で食べれば完食できるよ!」
間髪入れず、店員さんが確認のために注文を復唱した。
「では、パフェタワーお一つでよろしいですか?」
「お願いします!」
彼女はニコニコと店員さんを見送った。
僕は彼女に冷たい視線を送る。
「どうしたの?怖い顔して」
「そうか、僕への心配は建前で、ようはパフェタワーが食べたくて、僕を拉致したわけね」
「人聞き悪い言い方しないでよ!秋桜くんも甘いもの食べたら死にたくなくなるよ」
「僕への心配が建前ってことは否定しないんだね」
「心配してほしかった?でも、本当に心配してるよ~!」
「本当に思っているなら、なんで吐き捨てるように言うんだよ」
彼女はへらっと笑った。彼女は表情に忙しい奴だ。
しばらくして、店員さんが大きな丸いおぼんに大きなパフェを持って現れた。
「お待たせしました~、パフェタワーでございまーす」
パフェが僕らの目の前に置かれる。
店員さんは、スプーンとフォークが二セット入った、細長い入れ物をテーブルの端に置き、伝票と笑顔を残し去っていった。
「さ~て、たっべよー!いっただきまーす!」
僕はその巨大な甘味に圧倒された。甘いものが得意ではない僕は、その量に少々食欲を失う。しかし、奢ってくれるのだし、せっかくのご厚意を無碍にするのは良くないと思い僕も控えめに「いただきます」といい、スプーンを持った。すでに彼女はてっぺんにある生クリームの山に手を付け始めている。
「おいしいいいいいい!」
彼女は生クリームを口に運ぶたびに笑みを深めた。
僕はちょうどグラスの淵の部分に添えられてあった、チョコレートのアイスクリームに手を付ける。口に運ぶ。うん。美味しい。今度はその下に埋まっているバナナを上手くスプーンに乗せて口に運ぶ。少し生クリームがついていたがこれも美味い。
「めっちゃ美味しくない???」
彼女は先ほどより幾分かテンション高めに言った。
「めっちゃ美味しいよ」
「え、なに、その程度のリアクション?」
違う。僕も彼女と同じくらい、美味しいと思っている。それがどれだけ表に出るかは人それぞれ。性分の違いだ。美味しいか不味いかは関係ない。と、そんなことを一人、心の中で呟いていると、彼女は唐突質問を投げかけてきた。
「秋桜くんは趣味とかあるの?」
ありきたりな質問。その質問の答えも持ちあわせていたので答える。
「絵を描くことかな」
 「え!意外。どんな絵を描くの?」
 「アクリル絵の具で描くことが多いかな」
「へー。アクリルなんだ。絵を描き始めたきっかけは?」
「小学生の時にゴッホの絵画集を見ていたんだ、それでいつか自分も描いてみたいなって思って。それがきっかけかな」
僕が饒舌に話していると、彼女は黙って聞いていた。
「社交辞令で訊くけど君は?」
「私は音楽聴くこと!」
「例えば誰を聴くの?」
僕は人気アイドルや今流行りのj₋popアーティストを挙げると思った。しかし、彼女はマイナーな、それでいて、僕のお気に入りのアーティストの名前を口にした。
「夜休みの羊!知らないっしょ~!」
「・・・・知ってる」
「えええええ!ほんとに!知ってる人なんているのー!」
僕も驚いたし、彼女と同じ感想だった。まさか知っている人がいるとは。ましてこんな身近に。やはり同じ趣味の人と出会うのは嬉しい。僕も幾分かテンションが上がった。
「私はね、一番星が一番好き!」
「いいよね、一番星」
と彼女は、その曲のサビの部分をハミングし始めた。
「えー!まさか、こんな偶然があるとはね。すごくない?お主も少しはテンション上がったんじゃなかろう?」
僕は素直に答える。
「うん。すごいよね。雀の涙の大きさくらいテンション上がったよ」
「少な!てか意味わかんないし、使い方間違っているよ」
僕の素直な気持ちは伝わらなかったらしい。
その後も、僕らは同じ趣味である、夜休みの羊について語り合った。そこで、去年の今頃に行われたツアーの初日に彼女が参戦していたことがわかった。僕もツアーの初日のコンサートに参戦したので、またそれもすごい偶然だった。しかし、僕はツアーの初日に参加したことを彼女に伝えなかった。なぜか。彼女があまりにもその日のコンサートの様子を熱弁するものだから僕は聞き役に徹することにしたのだ。
時間と共に僕らはパフェを減らした、彼女は主に生クリームを、僕は主にバナナを。残りコンフレークになったところで二人ともスプーンを置いた。
「もう、むりー!」
「完食できるんじゃなかったの?うーくるしい」
「世の中甘くないね」
「パフェだけに」
彼女は豪快に笑った。
少し休憩をはさみ、どちらがともなく、立ち上がり、彼女は伝票を持ちレジに向かった。先にお店を出ると外にはお日様の姿はなく、黒いくれよんで塗りつぶしたような空が張り付いていた。
ほどなく、彼女がお店から出てくる。
「帰ろっか」
彼女の宣言で、歩いてきた道を戻る。
「一番光る~の~はあの星のようどけど~君といるこの時が一番輝いてる~」
彼女は一番星のサビをハミングでなく今度は歌った。
彼女は軽いスキップをし僕より数歩先を進んでいた。
「私、ここが好き。秩父っていいところじゃない?」
「そうかなぁ、僕は好きじゃないな。夏は暑いし。冬は寒いし」
「でもさ、空気はきれいだし、水は美味しいし、星もきれいだし、人もいいし!秋桜くん!ちゃんと中身を見ないと!」
僕も彼女も、今あげた例はが外見の話だ。
「私、この前東京に行ったんだけど、空気が汚くて、早く帰りたいって思ったもん!」
それは敏感すぎないか?と思ったが、嗅覚は人それぞれなので黙っておいてあげた。
僕と彼女で、地元のいいところと悪いところ言い合っているうちに学校に着いた。
「あっそうだ連絡先、交換しよ!」
学校に着き、家路に着く間際彼女が提案した。
とくに断る理由もないので承諾する。
学校で別れるため、軽い挨拶をしたあと、彼女に背を向けて僕は歩き出した。
「ねー」
僕は、同じ日に同じ人に二度も引きとめられるのは初めてのことだった。
「また、付き合ってくれる?」
僕は振り返り。数秒、間をあけて言った。
「考えておく」
「私は、秋桜くんを監視をしなきゃいけないしね!大事な共通の趣味な友達を失うわけにいかないもんね~。じゃまた明日!」
彼女はくるりと身を翻し、僕の返事なんか待たずに、軽いステップを踏み、軽やかに去って行った。どうしてだろう、胸に肥大していた風船が心なしか少し小さくなっているような気がした。
人間は単純なんだなと思った。
< 3 / 15 >

この作品をシェア

pagetop