恋するソクラテス
「おっはよー!」
土曜日の朝、待ち合わせ場所に行くと彼女は普段は背負っていない桃色のリュックを背負って仁王立ちしていた。
「おはよ。台風とか言われたけど、めっちゃ晴れたね」
「それな!私、晴れ女だわ」
どこへ行くのか尋ねたら、とりあえず電車に乗ろうと言われたので黙って従う。僕らは各駅停車の電車に乗りこみ、並んで座る。電車の中は、さほど混んでいなかった。
「とりあえず、終点まで行って、その後、乗り換えて、バスか」
スマホを見ながらルート確認を行う彼女。
どうやら、かなりの遠出らしい。少し、心の中でため息をついていると、目の前に一口サイズのチョコレートのお菓子が差し出された。
「食べる?さっき駅で買ったんだ」
「ありがとう」
僕はチョコレートを受け取り、ゴミがなるべく出ないよう開封し食べる。
「秋桜くんのおうちは門限とかある?」
「いいや、ないよ」
「そっか、ならよかった」
「一体、どこに行くの?」
「まあまあ。そんな焦らない焦らない」
それから電車に揺られること一時間半。電車を乗り換えるため、ホームを移動し今度は急行の電車に乗った。さすがに、早朝より人は増えており、座ることができなかったので、二人並んでつり革につかまった。
電車の窓から流れる景色を眺める。僕らの地元と肩を並べるような田舎風景が目に入る。
僕があの日、自殺しようとしていなかったら、彼女とパフェを食べに行くことも、彼女と
カラオケ屋さん行くことも、文房具屋さんに行くことも、彼女と連絡先を交換することもなかったのだ。そう考えると、人生本当に何があるかわからない。何を引き金に人生が動くかわからない。きっとこれから生きていけば、それが悪い方向に動いてしまうことだってあるだろう。思いもよらない事故に巻き込まれたり、事件に巻き込まれることだってあるかもしれない。罹りたくもない病気に罹るかもしれない。そういった不安の積み重ねが自殺への衝動に繋がっていくのだ。
健康ならいいと彼女は言った。果たしてそれは真実だろうか。
「秋桜くん、降りるよ!」
僕は彼女に促され電車を降りる。
「それで?さっきバスとかいってなかった?」
「そう!バスに乗る!でも、バスが来るまで少し時間あるから何か食べよ!」
確かに、お腹が空いている気もする。
「あてはあるの?」
「やっぱり、ギョーザだと思うんだけど。どう?」
「うん、そうしよう」
駅の中は混雑していた。その中に交じって僕らは歩いた。事前に調べているのだろう、彼女の足には迷いがない。
駅から数分歩きいくつかのビルが重なる一角で彼女は足を止めた。地下へ階段で降りると、中華料理屋が顔を出した。
店内は木をベースとしており、新しくできたのか清潔感があり好感が持てた。
僕らはギョーザ一人前と中華そばを二つ頼んだ。運ばれてきた料理を僕らはゆっくりと味わいながら胃にしまった。
提供スピードは速く、しかもお金もリーズナブルで、味も確かでとてもいいお店で昼食を済ませると、僕らはバスに乗るためお店を出た。
バス停は駅の目の前なので、すぐに辿りつく。
「バスはどれくらい乗るの?」
「ん~。一時間くらいかな」
「なかなかだね。帰りが思いやられるな」
バスが到着し、後方の二人席に彼女が窓側、僕は通路側で座った。
バスが発車してすぐ、彼女は足元に置いた桃色のリュックサックをあさる。またも、日記帳を手に取り日記帳にひっかけてあったボールペンで何やら書き込みを始めた。
きっと日記が趣味なんだろう。
朝からイレギュラーな休日に見舞われていたため、疲れたのだろう僕は目的地に着くまで眠ってしまった。
彼女に肩を揺らされ僕は起きた。
「次、降りるよ」
「あ、うん」
次のバス停で降り、先を行く彼女についていく。五分ほど歩くと前方に観覧車が見えた。
「もしかして、遊園地?」
「そうだよ!小さい頃に家族と来たことあるんだ~。もう一度来たかったの!」
「それなら家族と来た方が良かったんじゃない?」
「高校生なんだし、異性と来てみたかったのよ~」
それなら、もっと異性に適した奴と一緒に来た方が良かったんじゃないか?と思ったが、彼女が楽しそうだったのと、僕も誘われて悪い気はしなかったので結果オーライかと自分を納得させた。
入り口で入場料とフリーパスを彼女が購入し遊園地に入る。
「絶対、返すから」
「いいよ、いいよ。私が強引に連れて来ちゃったんだから」
どこに行くか知らされていなかった僕は、五千円程度しか手持ちがなかった。行きの交通費で手持ちがほとんどなくなってしまったため、遊園地の費用と帰りの交通費は返済条件付きで彼女が賄うことになった。
「さ~!遊ぶぞ~!」
僕は遊園地の敷地の広さに圧倒された。
「すごい広さだね」
彼の県の夢の国に匹敵する広さだ。園内はいくつかのジャンルで分かれていた。
彼女はまずジェットコースターのエリアに向かった。最初は小さい子供でも安心して楽しめるジェットコースターに乗車した。三周するタイプのやつで、そこまで速くなく風を感じることができて、僕はジェット―コースターの中で一番楽しめた。彼女は「もっと早い方がいい」などと嘆いていた。
その後もいくつかのジェットコースターに乗った。いや、乗らされた。
水が流れている上を薪をモデルにした乗り物で走るものや、一回転するジェットコースターなど絶叫系が得意ではない僕はジェットコースターのエリアを後にする時、もう二度と乗らないと誓いを立てた。
それから、彼女が指さすもの全てについていった。
「コーヒーカップ乗ろう!」「次は、メリーゴーランド!」「ゴーカートもあるよ!行こ行こ!」と言った具合に。
そんなことをしていると、さすが娯楽施設、時間はあっという間に過ぎ夕焼けが顔を出し始めた。
帰りの移動時間もあるので、そろそろ引き上げなければいけない。
「じゃ、最後観覧車乗ろ~!」
「よし!観覧車ならいいね」
急に落っこちたりせず、ゆっくり一定のスピードで動く乗り物は今の僕にとって最高のアトラクションだ。
観覧車は空いており、すぐに乗車することができた。
係員さんが、動いているゴンドラの扉を流れるように開け、僕らは湿気を嫌がる猫のようにそそくさと乗りこんだ。
「うわ~!ドキドキする~。私、ジェットコースターとかより観覧車の方が怖いかも」
「そう?僕は好きだけど」
「え~!うそ!てか、秋桜くん揺らさないでよ」
「揺らしてないよ。君が大きい声出すからだよ」
観覧車は一定のスピードで上昇していく。
「なんか二人きりで観覧車ってカップルみたいだね」
「そうだねえ」
「ちょっと話聞いているの?」
「聞いてるよ」
「クラスで好きな子とかいないの?」
「そうだねえ」
「はい!聞いてなーい!人の話はちゃんと聞きなさいって教わんなかったの?」
僕は窓から彼女に視線を移す。
「ごめん、ごめん。それでなんだっけ?」
「だから、好きな人いないの?気になる人でもいいけど」
「いないよ。知ってると思うけどクラスメイトで仲いい女子いないし」
「確かに。一、二年の頃は?付き合ったりとかなかったの?」
「ないよ。そういう君は?」
「一年生の時、先輩に告白されて付き合ったけどすぐに別れたよ。それきり誰とも付き合ってませーん」
彼女の外見からは想像できない答えだった。僕は絶えず彼氏がいるもんだと思っていた。
振り返るほどの美人というわけではないが、ぱっちりとした目に細い鼻、少し厚い唇と笑うと見える健康的な白い歯。クラスでも彼女のことが好きという男子を何人か知っている。
観覧車がちょうど頂上に差し掛かったところで彼女が不吉なことを漏らした。
「台風きそうもないね~」
「え、なに。まさかとは思うけど、台風来てほしかったの?」
彼女は、窓から空を悲しそうに見ている。
先ほど夕焼け空が広がっていたのだけれど、奥の方に怪しい雲が現れ始めていた。
「でも、あっちの方、黒い雲いない?」
「ほんとだ!」
彼女は少し嬉しそうに僕の発言に反応した。
観覧車は徐々に下降していく。
地上に近くなり、係員さんが扉を開けてくる。「ありがとうございました」と、言われ僕らは観覧車から遠ざかる。
「さて、帰ろうか」
「う、うん。そうだね~」
入園した時よりもだいぶテンションの低い彼女。きっと遊び疲れたんだろう。それかこの旅の終わりを感傷的に思ってくれているのだろうか。
そう思った僕は素直さと気遣いを混ぜた発言を彼女に送る。
「また行こうよ」
前を向いていた彼女が首だけ僕の方に向いた。
「うん!だね!」
はじける笑顔になった彼女はテンションを少しだけ取り戻した。
その後、入り口付近に設けられているお土産施設に入り、少しだけ店内を歩き回った。
彼女は、お土産コーナーで一番人気というスイートパイを購入し、桃色のリュックにしまった。
店内から出ると、夕焼け空はすっかりなくなり、黒い雲と紺色で埋めつくされていた。
園内はパレードが始まっており盛り上がっていた。
出口まで行き、スタッフに「ありがとうございました!」と笑顔で言われ僕らはバス停まで歩く。
バス停までは彼女も静かだった。
僕も遊び疲れ、会話を振るような力は残っていなかった。
 ―ポツポツー
 バス停まで歩き始めて数分、僕の頬を何かが濡らした。
 と思うと、今度は腕に冷たさが走る。
「雨だ・・・」
 声に出てしまった。
 「本当だ!」
どこか嬉しそうな彼女。
みるみるうちに、雨脚は強くなる。
「走ろう」
僕らは走り、バス停までたどり着く。
すでに、服は湿っている。
するとバスがタイミングよくバス停に到着した。
―プシュー
炭酸の飲み物を開けた時のような音を立てて、バスの扉が開く。
僕らは、恥じらいなど考えず急いでバスに乗り込んだ。
「うわ、結構濡れたんだけど」
バスに乗るなり彼女が言った。
バスが目的地である駅前のバス停に着く頃には、雨の強さは増していた。
台風。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
バスは、強い雨を切り裂くように走っていく。
この雨でも、速度を落とすことなく、時間通りにバスは目的のバス停に着く。
「とりあえず、降りよ!」
彼女の言葉に従いバスを降りる。
「うわ」
「濡れる!濡れる!」
「とにかく、駅の中に入ろう」
僕らは急いで駅の中に避難した。
「・・・・すごい雨だな」 
空を見上げると、真っ暗の空から無数の矢が落ちて来ているようだった。
―ピカッ 
―ゴロゴロ!
「雷―!」
彼女がテンション上げて言った。
物凄い音とともにギザギザの光が近くに落ちていくのが見えた。
周りを見渡すと、スマホで電話をかけている人や空を見上げている人がたくさんいた。
先ほどから強風も吹いており状況は悪化している。
「すごいね。これって電車動くの?」
と、分かりっこない彼女に訊いた。
「どうなんだろう」
僕らはエスカレーターで二階に上がり、改札付近に向かう。
これだと嫌な予感がする。
エスカレータで上がり、改札の外から電光掲示板を見る。
嫌な予感は的中した。
―二十時発の〇〇行きの電車は、この雨の影響により運休いたします。
―繰り返します、二十時・・・
油断していた。
ここ最近雨なんて降っていなかったから。
この状況を彼女はどう思っているのだろうか。 
隣の彼女を見やる。彼女は楽しそうな顔をしていた。
「これじゃ家に帰れないじゃん。なんでちょっと嬉しそうなの?」
「旅はハプニングが起きた方が楽しいじゃーん」
「どうするの?」
「んね~。どうしよっか~」
彼女の言い方は、どうしようか悩んでいるのではなく、どうしようか決めているがそれを言おうかどうか迷っているようだった。
「な、なに?なんか案があるの?」
「まあこれじゃ今日中には帰れないし、どこかで一夜を明かすしかないよね~。ホテルに泊まるとかさ」
「ホテル?お金は?」
「お金は心配しなさんなって。私が持ちあわせているから。と言ってもそんなに余裕があるわけじゃないから同じ部屋になるけど。まさかここで一夜明かす気?私は止めないけど、こういう時は流れに身を任せるべきだと思うよ、私は」
僕が黙っていると彼女は続けた。
「そんな濡れた格好で朝を待って、生乾きの洋服で帰るの~?私についてくれば、暖かい部屋で朝を迎えて、乾いた服で帰れるのに」
彼女は手をヒラつかせて「最後は秋桜くんが決めたらいいよ~」とエスカレーターの方に歩いていった。
僕は黙って彼女の後を追った。
この一連の流れで、僕を異性と簡単にホテルに泊まるような軽い男として見ないでほしい。状況が状況なだけに仕方なく。うん、僕は誰に言い訳しているんだろう。ただ僕にやましい気持ちは一切なかった。それは断言できる。暖かい部屋で過ごしたい気持ちとこの服を処理したい気持ちだけが僕を動かした。
彼女はタクシーを捕まえてビジネスホテルの名前を運転手さんに告げた。
「予約とかは?」
「さっき済ませたよ!駅近のホテルでたまたま空きが出た部屋があって予約したの。安心していいよダブルベッドの部屋だから」
「なるほど、僕がついてくるのを読んでたわけね」
「まあね。秋桜くんは変態だからねー!」
「うるさい馬鹿」
「ひど!」
ビジネスホテルは駅から近かった。駅近と知っていたのだけれど、それでも駅から近いと感じた。そそくさとチェックインを彼女が済ませ、部屋に向かう。
住所や携帯番号などの個人情報を尋ねられたり、親に連絡されたりするかと思ったが、そんなことはされず、すぐに部屋のカギであるカードを渡された。
指定された階へエレベータで上がり、部屋の前に着く。ICカードのようなものをドアノブ付近にかざすと、「ピッ」と音がなった。
施錠できた合図だ。
二人とも部屋に入る。
「うわー!結構狭い~」
部屋に入った彼女の第一声。
確かに狭かった。
しかし、ビジネスホテルなのだから、このくらいが妥当だろう。
「うわー!ユニットバスだ!」 
入って右手にある扉を彼女が開ける。
そこには、トイレとお風呂、洗面台があった。
二人とも荷物という荷物はないが荷物を机の上に置く。
机の横にベッドが二つ。
さらにその横に小さいソファーがある。
さーて、順番にシャワーを浴びて寝よう。
「先、シャワー浴びれば?」
意識せず、提案する。
「おーけー!」
彼女は本当に意識してない様子で答えた。
ちなみに、着替えは浴衣がホテル内に常備されており、それを使用する。
まさか、ビジネスホテルに浴衣が常備されているとは知らなかった。世の中まだまだ知らないことばかりだ、と思った。
彼女は机の上にある自分のバックから、何やらポーチを取り出し、浴衣とビニール袋を持ってユニットバスに消えていった。
手持無沙汰の僕は、部屋に常備されている小さいテレビの電源を入れた。
適当にリモコンを操作するが、頭の中にテレビの内容なんか一ミリも入ってこなかった。
頭の中では、今日の今までを回想していた。
駅前で待ち合わせしたのが遠い昔に思える。
リモコンは操作したままだ。
そして、遊園地に行き、観覧車に乗って・・・・
今日一日を振り返り、観覧車で彼女が好きな人はいるのかと訊いてきたあたりを思い返している途中、僕は眠ってしまった。
目を覚ますと、彼女が無言で僕の肩を揺らしていた。
「だいじょうぶ~?」
「あ、あぁ。だ、大丈夫」
いきなりの異性の浴衣姿に動揺してしまった。
早くなる心臓を悟られないよう、僕はお風呂場に向かう。
お風呂場は、暖かく、洗剤のいい匂いがした。
とりあえず、服を脱ぎそれをビニール袋に入れる。
シャワーを出す。家のよりだいぶ勢いのあるシャワーのお湯を頭にかける。
備え付けのシャンプーとボディーソープで頭と体を洗っていく。
ユニットバスから出ると、部屋の中は先ほどより暗くなっていた。
机に、ビニール袋が置かれ、彼女はベッドに腰かけ、何やらノートにペンを走らせていた。
日記かなにかだろう。
彼女はまだ僕に気づいていない。
「何、書いてるの?」
「ん、え!」
彼女は慌ただしくノートを閉じた。
彼女にしては珍しく動揺している。
まー日記を書いているところを他人に見られるというのはいい気分ではないか。
「二階にランドリーがあるみたいだから行こ!」
二人でビニール袋を持ち二階へ向かった。
二階のランドリーに着き、彼女の提案で僕はその横に隣接している売店で夕飯を買うことになった。異性の洗濯物には興味がないので僕は大人しく晩御飯の調達に向かった。
売店は雑誌や新聞、カードゲームなども売っていた。
乾燥に二十分ほどかかるというので、焦ることなく、じっくりと店内を見て回る。店内の雑誌コーナーを見ていると、一番端に隠れるように、ある雑誌が置かれているのに気がついた。近づいて手に取る。僕はぺらぺらとページをめくっていく。メンバーのインタビューや写真などが載っており、僕は時間を忘れて熟読してしまっていた。
すっかり時間を忘れて雑誌の世界に浸っていた僕は彼女に声を掛けられ現実に世界に戻った。
「なんで立ち読みしてんの?」
「あ。ごめん」
「あっそれ夜休みの羊じゃん!」
さっそく彼女は、雑誌に食いついた。
「そうそう。地元の本屋さんには売ってなかったから、つい」
「それな!田舎だからね。品揃え悪いもんね~」
雑誌を見て、すっかり笑顔になった彼女は「それ買お!」といい、カゴにいれ「一緒に晩御飯を選ぼう」と張り切った。
彼女はお弁当コーナーでカレーライスを、僕はカップ麺をカゴの中に入れた。
「せっかくだからトランプ買おうよ!」
「二人でトランプ?寂しくない?」
「私、二人でできるゲーム知ってるからやろやろ~」
彼女はペンギンが書かれたトランプをカゴに入れる。
会計を彼女が済ませ、乾いた洋服が入ったビニール袋を持ち、部屋まで戻る。
部屋まで戻り、彼女は備え付けの電子レンジを使い、僕は備え付けのポットでお湯を沸かす。先にカレーが温まり彼女は「いただきまーす」と雨と風の音に負けないくらいの声量で食べる宣言をした。ほどなく僕のカップ麺も出来上がり控えめに「いただきます」といい食事を開始した。
「思いもよらない事態になったね」
「旅はこうでなきゃ!私はとっても楽しいよ!」
彼女は目を細め全身で喜びを表現した。
先ほど、スマホを開いたら親から不在着信が三件も入っていた。
それに対し、友達の家に泊まるとメッセージアプリで応答した。
これで、警察に捜索願は出されないだろう。
かくゆう彼女は、ご両親にどのような言い訳を使ったのだろうか。
「ご両親は心配してないの?」
「今日は、もともと友達の家に泊まるつもりだったから、だいじょうぶい」
彼女はブイサインを突き出した。
食事を終え、ビニール袋にゴミをまとめた。
僕は歯磨きを済ませ、そそくさと寝る準備にとりかかった。
僕が寝ようと部屋の明かりを消そうとすると彼女から、待ったがかかった。
「なに?」
「いや、寝るつもり?」
「え、寝ないつもり?」
「当たり前じゃん!せっかく、これから夜が始まるのにもったいない。もしかして、修学旅行とか一番に寝るタイプ?」
「そうだけど?」
「つまんな!言っとくけど、今日は寝かせないよ!」
彼女は机に近づき先ほど購入したトランプを顔の横に持っていき、ニヤついた。
「せっかく買ったんだから、なにかしよ」
「二人でできる遊びなんて、スピードくらい?」
「んー、せっかく時間はたっぷりあるし、神経衰弱でもやろうよ」
窓側のベッドの布団をどけて、そこにトランプを無造作に置いた。
僕と彼女は一つのベッドに、無造作に置かれたトランプを挟んで座る。
「じゃ、私から引きまーす」
彼女は二枚、自分の方にあったトランプをめくる。当然揃うわけもなく、裏返す。
「はい。秋桜くんの番」
「えーと」
僕は真ん中あたりを引く。もちろん揃わない。
そんなことを繰り返していると、お互い無言になってしまっていた。
結局、神経衰弱はドロ試合の末、僅差で僕が勝った。
「次、何して遊ぼうか~」
「てか、疲れてないの?眠くないの?」
「ぜーんぜん眠くないよ!」
いや、眠い方がありがたいのだが。
彼女はトランプをシャフルし五回ほどシャッフルしたところで手をとめ「あっ!」と何かをひらめいた顔をした。
「せっかく、夜を共にしているんだし、お互いを知ろうよ!」
「というと?」
「私、普段本読まないんだけど、すっごい好きな本があって」
「なんなの?」
「君の膵臓を食べたい、っていう本なんだけどね。そこで真実か挑戦かっていうゲームをやるシーンがあるの。それやろうよ」
小説のタイトルは聞いたことがあったが、その物語を読んだことがない僕は、そのゲームがなんなのかさっぱりわからなかった。
「どういう遊びなの?」
「まず、お互い、適当に一枚選んでひっくりかえすの。数字が大きい方が権利を得る」
「なんの権利?」
「真実か挑戦かを訊く権利」
この段階では、まださっぱり理解できない。
「それで?」
「でね、真実を選んだら、相手が質問したことに答えなきゃいけない。挑戦を選んだら、相手が指示したことに挑戦する。でも今回は真実だけにしよ」
「は、はぁ~」
この段階でもさっぱりわからない。
「とりあえず、一枚選んで」
彼女はまた、ベッドの上にトランプを散らかした。
僕は真ん中あたりのカードを一枚選ぶ。彼女は僕の方にあるカードを一杯選んだ。
同時にひっくりかえす。
「私はハートの三。秋桜くんは、スペードの五。ってわけで、秋桜くんが私に質問する権利を得たから質問する。何でもいいよ」
「えーと、じゃ」
僕はずっと気になっていたことを訊こうとした。
「君の名前の由来は?」
「あー、しおんね。私、秋に生まれたからだよ。しおんって秋の花の名前なんだよ。きっと今が咲きごろかな?」
「ふーん、そっか」
「これでいい?」
「うん」
「じゃ、次!」
僕らはまた、適当にカードを選んでひっくり返す。
今度は彼女が質問する権利を得た。
「じゃ、さっきの質問のお返しで、秋桜くんの名前の由来は?」
「僕も、同じ。秋に生まれたから」
言うと、彼女が驚いた顔をした。
「え!ほんとに?誕生日いつ?」
「あ、それは権利を得てから質問して下さい」
「うざ!」
彼女は、わははははっと笑った。
それから、僕らはカードを選んではひっくり返し、質問するという動作を繰り返した。
僕は彼女に訊いた。
「好きな食べ物は?」
「チョコレート!」
彼女が僕に訊いた。
「好きな異性のタイプは~?」
「んー優しい人かな」
「つまんな!そこは私みたいな人っていえよ!」
言うと、彼女は笑った。僕はそれを白けた顔で見てやった。
そんなことをしていると夜も更け、時刻は三時半を過ぎようとしていた。そのころになるとお互いトランプを挟み一つのベッドに寝そべってカードを選んでいた。
目を開けているので精一杯だった。
「・・・秋桜くん・・は・・なんだったった?」
「・・・僕は・・クラブの・・・えーと・・三・・」
「・・やっ・・・たー・・じゃ、質問するね・・」
「・・・」
僕は眠りながら質問を待った。
「・・・・私がもうすぐ死ぬっていったらどうする?・・」
彼女の声により現実世界に戻ってきた。半分眠っていたので意識が遠のいたまま僕は答える。
「可哀想だなって思う」
いつもの冗談に白けて返したから、彼女が笑うと思った。僕は半分も開かない目で彼女を見る。
彼女は天井を見つめて、これっぽっちも笑っていなかった。僕の視線に気づいた彼女はこちらに顔を向けて、眠たそうに小さく笑った。僕はそれが苦笑いに見えた。
「・・・どうして・・そんなこと訊くの?」
「じょうだんだよ・・じょうだーん・・・」
それから長い沈黙が続いた。
「私、シチリアに行きたいな・・」
突然の彼女の声で僕は再び現実世界に戻された。
「・・・どうして・・・」
反射で口を動かした。
「小さい時に、お父さんと行ったんだ・・・」
「・・・・またお父さんに・・頼んでいけばいいんじゃない?・・・」
「それは無理・・お父さん自殺して死んじゃったから・・・・」
「・・・・・」
僕は何も答えられなかった。眠かったというのもある。だから僕はこの状況にしか使えない必殺技、狸寝入りを使った。
「・・・あれ?・・秋桜くーん。・・・寝ちゃった?」
その声にも応じず、僕は寝たふりを決め込んだ。寝たふりを決め込んでいると僕は本当に眠ってしまった。
僕らの夜は純粋で無垢でロマンチックだった。
翌朝、電話の電子音により目を覚ました。僕は自分の携帯電話を確認する。しかし、着信はない。彼女も手探りで自分の携帯を手に取る確認する。が、すぐ携帯をベッドに置いた。疑問に思い部屋を見回すと、部屋の電話が鳴っていることに気が付いた。彼女はさっそく二度寝を開始しているので、僕が電話をとった。
「・・・・はい」
「あっすみません、フロントの者なのですがチェックアウトの時間になりますので、速やかに退室をお願い致します」
僕は謝り数語交わして電話を切った。
「なんだった~?」
寝ながら彼女が訊いた。
「チェックアウトの時間だって」
「うえー。やば~」
彼女はむくむくと起き上がり手櫛で髪を整えた。
「結局寝ちゃった」
「のんびりしている暇ないよ」
僕は、顔を洗いに洗面所に向かった。
顔を洗い、歯を磨く。朝一の歯磨きは歯磨き粉を付けないのだが、昨日の歯磨き粉の味がかすかに残っていた。
僕と入れ替わるように彼女は洗面台にこもった。
五分ほどで出てきた彼女は先ほどの容姿とは異なり、髪は整えられ、ばっちり化粧もされていた。乾いた、昨日と同じ服をしっかり着こなしていた。
僕らはチェックアウトを済ませ、昨日とは違いタクシーを使わず、ゆっくり駅まで歩いた。
しかし、駅近ということなので、さほど時間はかからず駅に到着した。
駅までの道中、僕は僕なりにこの旅の終わりを感傷的に思った。どうせならまだ終わってほしくないと気まぐれに思い始めていた。しかし、当たり前なのだけれど、時は止まることなく進んでいく。
急いで帰る必要はないので、朝食兼昼食を兼ねてカフェに立ち寄ることにした。
カフェについて、僕はホットウーロン茶と小さいカルボナーラ、彼女は紅茶とティラミスを頼んだ。先にカルボナーラとティラミスが到着し、僕らはそれをゆっくり胃にしまった。食べ終え、食後の飲み物として、ホットウーロン茶と紅茶が運ばれてきた。
ひと口飲み物を飲んだところで、彼女が口を開いた。
「はー。楽しかったね~。また行こうよ」
僕は窓を見ながら、素直に答える。
「そうだね。また行こうか」
僕の言葉に彼女は一瞬驚き、その後、笑みを深めていった。
「うふふふうふ、うははははっ」
「なに?」
「いやいや、今幸せだな~って。絶対また行こうね!」
その後、軽く談笑し、カフェを出た。
駅に着き少しお土産施設に寄った。
そこで僕は自分用に月をモチーフにしたカステラのお菓子を購入した。彼女は何も買わなかった。
駅で各駅停車の電車に乗り、並んで座る。電車内は、空いており、老夫婦や子供連れのお母さんなどがいて、のんびりしていた。
「はい」
目の前にパイのお菓子が出された。
「昨日、遊園地で買ったやつ、お一つどうぞ」
「ありがとう。じゃ、僕も」
僕はバッグから先ほど買ったカステラのお菓子を一つ彼女にあげた。
「次はどこに行こうかな~」
電車を乗り換え、あと少しで地元の駅に着く頃に彼女が独り言のように呟いた。
「君の行きたいところに行けばいいんじゃない?」
「そしたら付き合ってくれるの?」
「もちろん」
「どこでもいいの?」
「まあ、いいよ。別に」
「今、言ったからね?」
彼女は念を押すように、いたずら笑みを浮かべて言った。
僕は頷いた。この旅が思いのほか楽しかったからだろう。やはり、僕の中で肥大していた感情は小さくなっている。
それは隣に座る、彼女のおかげなのだ。
僕は彼女の気が済むまで付き合うことに決めた。
僕らの住む街に辿り着く頃には夕方になっていた。数語、駅で言葉を交わし、お互い帰路に着いた。
家に帰るとまだ両親は帰ってきていなかった。
僕は、しっかり手洗いとうがいをして自室にこもった。ベッドでとりとめもなくスマホをいじっていると自然と瞼が重くなり僕は眠ってしまった。
目を覚ましたのは、夕食ができたという母親の声によってだった。
昨日とは違いしっかりとした食事をとり、昨日とは違いシャワーのみではなくしっかり湯船に浸かり、いつもより長く自宅のお風呂を堪能した。
お風呂から上がりキッチンで水分補給をして、再び自室にこもった。携帯を開くと、メール通知が来ていた。
メールは彼女からだった。
『ちゃんと家に帰れた~?かなりの長旅になっちゃってごめんね。また付き合ってくれたら嬉しいよ~!じゃまた学校で!』
僕は数分、返信を考えて『おやすみ』とだけ返した。
結局、昨日の夜の眠る直前の質問はどういう意味だったのかわからない。訊く術もなかったし、彼女が寝ぼけて、そんなことを言ったのかもしれない。
僕は眠る直前まで考えていたが、結局しっくりくる答えが出ないまま眠ってしまった。
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