魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「どうしたんですか?」
「君は本当に……俺を喜ばせるのがうまいな」
「え?」
「君がピリエを好いてくれて嬉しい」

 レナールが心底嬉しそうに微笑む。
 その笑顔の破壊力が大きすぎて、アリーセは慌てて作業に集中することにした。心臓のドキドキがおさまらない。
 回路の形を書き付けたメモをまとめることにする。一つにまとめようとして、綴じ紐がないことに気づいた。フィンに言えばもらえるだろうか。

「ちょっと綴じ紐がないか聞いてきます」
「アリーセ」

 アリーセが立ち上がると、レナールが咎めるような声を出す。一人で出歩いてほしくないのだろう。
 だが、王宮まで行くわけではない。隣の部屋だ。この建物にはアリーセたちの他、フィンとたまに使用人が掃除にくるだけ。第一、アリーセたちがここで作業していることを知るのは、ブラッツと限られた者しかいない。
 魔女騒動の直後感じていた視線も、ここ数日はあまり気にならなくなっている。
 アリーセを魔女だと糾弾する声もない。

「大丈夫ですよ。隣の部屋にいくだけですから。用事が終わったらすぐに戻ってきます。レナール様は作業を続けていてください」

 アリーセはそう言って部屋を出た。
 目的地はフィンが仕事をしている隣の部屋。
 男性の使用人が掃除をしていたので軽く会釈をして隣の部屋の扉を叩く。

「フィンさんならさっき出かけましたよ」

 男性が声をかけてきた。

「三十分程度開けるそうです」
「そうですか。ありがとうございます」

 アリーセは礼を言って戻ろうとして、身体が動かないことに気づいた。

(どういうこと?)

 声も出ない。似たような経験を一度したことがある。
 ――森の家。ミンディが押しかけてきたときだ。
 まさか。

「久しぶりだな。お嬢ちゃん」

 にやりと使用人の男が笑った。
 それが最後に、アリーセの意識はぷつりと切れた。

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