魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 はあ、とレナールは息を吐き出した。
 やはり、遅い。
 心配のしすぎだというのならそれでいい。レナールは立ち上がって、隣の部屋を訪ねることにした。誰もいない廊下を少し歩き、隣の部屋の扉をノックする。

「……アリーセ嬢ですか? 来ていませんよ」

 フィンはレナールからの問いかけに軽く眉をひそめた。嘘をついている様子はない。
 レナールは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
 アリーセの身に何かが起きた。そうとしか考えられない。

「ブラッツ殿下に、アリーセの姿が見えない、と伝えてもらえるか?」

 フィンは一瞬不思議そうな顔をしたものの、レナールの表情が切羽詰まっていることに気づいたのだろう。わかりました、とすぐに立ち上がって部屋を出て行った。
 レナールは廊下に出た。最近すっかり見慣れてしまった廊下。アリーセに何かが起きたとしたら、この廊下としか考えられない。だが。

(それらしき音がしなかった……)

 自分がそこまで物音に鈍感だとは思わない。アリーセだって大人しく連れ去られたりはしないだろう。
 レナールが気づかなかっただけなのか。それとも。
 ――何かしらの魔法が使われたのか。
 ラウフェンに魔法使いがいないわけではない。魔法を使えば、音を立てずにアリーセを連れ去ることは可能だろう。問題はラウフェンに魔法を使う人間がいるかどうかだが、レナールはいる可能性は高いと思っている。ただ、表に出てこないだけで。

(大丈夫だ。アリーセは今日もきちんと職員章を付けていた)

 レナールは自分の胸元にも光っている金色のバッジを見た。ピリエ王宮職員の証であるバッジ。職務中は必ず付ける決まりになっている。それは国外でも変わらない。
 防犯上、知る者は少ないが、この職員章には魔力が込められている。任務等で何か事件に巻き込まれたときの手がかりにするためだ。それは、アリーセのものも同じ。
 個人を特定することはできないが、そもそも今は国外だ。大体の居場所を知る手がかりにはなるだろう。
 ラウフェンで魔法を使うつもりはなかったが仕方がない。
 レナールはロストがある部屋へ戻ると、探知用の呪文を唱えた。焦っているのか思ったより気配が薄い。もう一度唱えてようやく安定する。
 一つだけ、王宮から離れたところに反応があった。おそらくここだ。

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