魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています

21 認めたくなかった感情

 近づいてくる足音に、アリーセは身体をこわばらせた。

 ミンディが去ってからどれくらい経ったのだろうか。そこまで時間は経っていないはずだ。外は十分に明るい。さすがに誰かが助けに来た、と思うほどおめでたい頭ではない。
 現れたのはアリーセをここまで連れてきたと思しき男だった。あの魔法を使える男。ミンディはそのことを知っているのだろうか。おそらく知らないのだろう。
 男は少々いらだっているようだった。足取りが荒い。

「場所を移動するぞ」

 アリーセは目を丸くする。それから男はアリーセの腕を掴んで無理矢理立たせる。
 どういうことか事情を聞きたかったが、猿ぐつわをされているので、しゃべることすらできない。

「早いところ移動しないと……」

 ちっと男は舌打ちをすると、アリーセの身体を掴みひょいと持ち上げる。大きな小麦粉の袋を担ぎ上げるような格好だ。抵抗する間もなかった。もっとも、男には自由を奪う魔法がある。

「!」

 男はアリーセを担ぎ上げたまま廊下にでた。そのまま走り始める。

(気持ち、悪い)

 男がアリーセに気など遣うわけがなく、とにかく揺れるのだ。猿ぐつわをされているのも、舌を噛まないように口を閉じているという意味ではよかったのかもしれない。
 視界が揺れる中、ちらりと外に視線を走らせる。どこかの屋敷のようだ。しかも広いらしく、男が立ち止まる気配がない。階段を降り始めると、さらに揺れる。

(一体、どこへ移動しようとしているのよ!)

 男が乱暴に扉を開けて外へ出る。庭なのだろう。踏み固められた土の道、そして視界の隅に芝生のような緑が見えた。
 男はどこへ向かうつもりなのか。そう思った瞬間、男が足を止めた。

「思ったより早かったな」

 ちっと男が舌打ちをする。
 どうやら誰かが男の前に立ちはだかったらしい。

< 109 / 147 >

この作品をシェア

pagetop