魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「彼女を渡してもらおうか?」

 アリーセの耳に入ってきた平坦な声は、紛れもなくレナールのもので、アリーセは思わず息を呑んだ。

(レナール様が来てくれた!)

 彼の声を聞き間違えるわけがない。
 彼の声を聞いただけで、気力が湧いてくる。
 男に担がれているアリーセは、男の背中の方に頭がある。レナールの顔が見られない。それが残念でならなかった。
 男の魔法が念頭にあったから抵抗を諦めていたけれど、アリーセはじたばたと足を動かしてみる。が、男が何かを呟いた直後、すぐに動かなくなる。魔法で抵抗を封じられたのだ。

(レナール様にこの魔法を使われたら)

 アリーセははっとする。ここはラウフェン。男が魔法を使えるだなんて思わないだろう。
 さっきアリーセの足が不自然に動かなくなったことで、おかしいと思ってもらえればよいのだけれど。それを祈るしかない。

「アリーセを返してもらおう」

 レナールの声がいつもより低い。もちろん、男が素直に言うことを聞くわけがない。
 今日のレナールはいつもの出仕服だ。見た目だけならただの文官に見えなくもない。体格で勝っている男が有利を確信するのは当然だろう。しかも、男には魔法がある。余裕たっぷりの声で言った。

「残念ながら、彼女を必要とするところがあるんだ。俺も仕事なんでね。悪いな」

 男が何かを呟きだす。
 先ほどと同じ響き。レナールの動きを封じるつもりなのだろう。
 レナールが動けない間に、アリーセを連れて逃げるつもりなのだ。

(まずい!)

 だが、アリーセにはそれを知らせる方法がない。レナールが強いことをアリーセはよく知っているが、それも動けたらの話だ。動きを封じられたら……。
 男の呟きが終わった。つまり、魔法が発動しているはず。

(レナール様!)

 せっかく助けに来てくれたのに。また離ればなれになってしまうのだろうか。
 アリーセは絶望的な気持ちになる。

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