魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「……」

 レナールが更にナイフに力を込める。

「……クンケル侯爵だよ」

 顔をのけぞらせながら、男がミンディの父親の名前を言う。

「正直に言え。こっちは魔法を使ってもかまわない」

 さらにレナールが男に迫る。男が必死の形相で続ける。

「本当だ! 俺がもらったのはクンケル侯爵のところに連れて行けという指示だけだ。クンケル侯爵が誰とつながっているのかまでは知らない!」

 レナールが離れた。これ以上、この男から引き出せる者はないと判断したのだろう。

「すぐ側に騎士が控えている。この氷はすぐに割れるから、騎士に救出してもらうんだな」

 レナールが男に背を向ける。それを男は好機だと思ったらしい。
 魔法を唱えるそぶりを見せた。

「レナール様!」

 アリーセは悲鳴に近い声で叫んだ。直後、レナールの背中に向かって風の刃のような魔法が飛んできて――。

「馬鹿な」

 男がうなり声を上げた。アリーセも目を丸くした。
 レナールの背中に当たる前、魔法が消えてしまったのだ。

「――魔法が使える相手にそれなりの対処もせずに背中を見せるわけがないだろう」

 レナールは、ゆっくりと振り返ると、男に向かってため息をつく。

「お前は、魔法が使えない人間の中で魔法を使って優位に立っていただけだ。魔法を使うのが一般的な国だったら手も足もでないだろうな」

 レナールは、わざと男に背中を向けたのだ。男に現実を見せるために。
 でも、こちらまでひやっとするようなことはやめてほしい。
 呆然とする男を一瞥すると、レナールがアリーセの方へやってきた。

「レナール様……っ」
「アリーセ。無事でよかった……」

 レナールがぎゅっとアリーセの身体を抱き寄せる。アリーセの額が彼の胸板に当たった。温もりがとても心地がいい。アリーセがおずおずとレナールの背中に手を回すと、レナールの力が強くなる。
 たぶん、抱き合っていた時間はそんなに長くないだろう。
 離れるとき、少しさみしいとすら思ってしまい、アリーセは頬を染める。

「アリーセ、一緒に王宮まで帰ろう」
「はい」

 アリーセがうなずくと、レナールがアリーセの手を引いて歩き出した。なんだかちょっとだけ恥ずかしい。

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