魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 ジギワルドはこの国の王子。そしてアリーセは隣国の貴族の婚約者。もしかしたら帰るときに見送りに来てくれるかもしれないが、個人的な話をすることはできないだろう。
 だから、これがジギワルドのはなむけの言葉なのだ。

「私も、祈っています」

 アリーセはそう返すのが精一杯だった。
 ぱたんと扉が閉まり、ジギワルドの姿が消える。
 なんとなく感傷的な気持ちで扉を見つめていたアリーセを引き戻したのは、後ろに立っていたレナールだった。

「アリーセ。知りたいことは知れたのか?」

 アリーセの顔を覗き込んでくる。アリーセは彼を見るために顔を上げた。

「ある程度は。祈りの間のロストは王宮にあるロストにつながっているそうです。祈りの間はあくまで魔力供給装置で、豊穣の効果はそちらにあるのだと思います」
「そうか……」

 なんとなく釈然としない様子ではあるものの、レナールはそれ以上何も言わなかった。

「君が早くこの国を出た方がいいのは俺も同意見だ。ブラッツ殿下もわかってくれるだろう」

 ブラッツからは、得体の知れない者の侵入を許してしまったことを謝罪されている。
 捕まえた男の取り調べもきちんとやってくれるだろう。

「なんとしても明日中に帰る準備をする。アリーセ。部屋に戻ろう。いろいろあったんだ。今日はゆっくり休んでほしい」

 レナールはアリーセの手を取って部屋まで送ってくれる。

「おやすみなさい。レナール様」
「……」

 じっと青い目がアリーセを見つめている。ふいに、レナールの大きな手がアリーセの前髪に触れる。アリーセが驚いて薄紫色の目を見開いた瞬間、アリーセの顔に影が落ちた。
 額に柔らかい感触がする。それがレナールの唇だと気づいたのはそれが完全に離れてからのことだった。

「おやすみ。アリーセ」

 真っ赤になるアリーセを見て嬉しそうに笑いながら、レナールが去って行く。
 ぱたんと扉が閉まる。アリーセはまだ熱が残っていそうな額を押さえた。

(あれは一体なんだったの……)

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