魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 アリーセがこの屋敷に連れてこられて、三日ほどが経った。

 食事は朝晩の二回もらえる。メイドの監視付きではあるが、一回風呂に入ることもできた。服や下着も新しいものを用意してもらえた。とはいえ、やることはないのは同じ。馬車に揺られていたときはマシ程度の生活だ。しかも、魔封じの腕輪の不快さは日に日に増していく。

 逃げることも考えたが、屋敷には私兵らしき屈強な男たちが雇われていて「商品」に目を光らせている。魔法無しに彼らの目を盗んで逃げられる気もしない。仮に逃げられたところで、土地勘もない、ピリエ語も話せない、お金もない、では何も出来ないだろう。
 完全に詰んでいる。
 このまま誰かに買われる日を待たなければならないのだろうか。
 ベッドのふちに腰掛けて、深いため息をつく毎日だ。

(これからどうなるんだろう)

 重い不安が立ちこめる。
 部屋の扉をノックする音に、アリーセは顔を上げた。
 食事の時間ではない。まさか、買い手が見つかったとでもいうのだろうか。
 警戒していると、無遠慮にドアが開く音がしてアリーセは固まった。

「――え?」

 現れたのは、紺のローブを着た背の高い青年だった。
 年齢は二十歳くらいだろうか。少し固そうな黒髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳。何より目を引くのはその整った顔立ちだ。選りすぐりのパーツを寸分の狂いなく配置した美しさ。廊下をうろついている私兵とはたたずまいからして全然違う。
 そのどこまでも深い青の瞳と目が合った。
 どこか現実離れした美貌に、アリーセは彼が不審者であることを忘れて思わずラウフェン語で問いかけてしまう。

「あなたは、一体」

 こちらをじっと見つめていた青年がはっとした顔を見せる。しかしすぐ平静に戻った。

「あなたはラウフェンの方ですか?」

 青年の口から飛び出たのは流ちょうなラウフェン語だった。アリーセは驚きながらもこくりとうなずく。

「私はピリエ王宮の関係者です。人身売買の被害者であるあなたを助けに来ました。今からこの屋敷には摘発のために騎士団が乗り込みます」

 直後、ぱん、と大きな音が鳴る。驚いて身体を震わせるアリーセに、青年は「突入の合図です」と冷静に述べた。
 アリーセは、不思議なほど素直に青年の言葉を受け入れていた。この人のことを信用しても大丈夫。青年にはそう思わせる何かがあった。

「まずは、その不快極まりない腕輪を外しましょうか」
「外せるんですか?」
「もちろん。私は魔法道具の専門家なんです」

 青年は真顔のまま答えると、アリーセの手首にはまっている銀色の腕輪を観察した。おもむろに一点に向けて小さな雷撃を放つ。その途端、アリーセの身体を支配していた不快感がさっと消えたのがわかった。青年が腕輪を手に取って引っ張ると、あれほどアリーセを苦しめていた腕輪があっさりと手首から外れる。

「ありがとうございます!」

 ずっと悩まされていた不快感から解放されてアリーセは感激した。

「それはよかった。ただ、おそらくかなり腕輪に魔力を吸われていると思います。しばらくは魔法を使わない方がいいでしょう」

 確かに祈りのあとのような脱力感がある。その通りにした方がよさそうだ。

「では、この屋敷から脱出しましょう。失礼」
 青年はアリーセの手を取り部屋を出る。しかし青年はすぐに盛大に舌打ちをして足を止めた。
 武装した男が三人、こちらに向かって走ってきているのが見えたのだ。彼らはアリーセたちを見てピリエ語で何かを叫んでいる。
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