魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 聖属性の魔力でこの空間を満たす。どうすればいい? レナールに教わった魔力を移す呪文を思い出すが、あれは触れた対象に魔力を移すためのもの。
 ――祈りだ。
 本当にできるかはわからない。暴走する危険もあるかもしれない。だが、今までラウフェンで使ってきた実績もある。
 そうだ。口ずさむくらい、やってみる価値はある。何もやらないよりはいい。

「アリーセ嬢の方が冷静に状況を判断できるようだな」

 ブラッツが指を鳴らすと、アリーセを拘束している二人以外の男たちが一斉に剣を抜いた。レナールの方へ剣先を向ける。

「さあ。子爵。考えを変えるなら今だ」

 ブラッツの意識がレナールに集中している今。アリーセは小さく祈りを口ずさむ。
 毎日毎日繰り返していた祈りは、アリーセの口からなめらかに零れ出た。
 ほんのわずかに空気がきらめく。凝視しなければわからないくらいほんのわずか。
 普段から魔力に接しているレナールはそれを感じ取ったらしい。ちらりとアリーセをちらりと見る。
 そして、ジギワルドもまたアリーセが何かを口ずさんでいることに気づいたようだ。

「兄上。どうするつもりですか?」

 ジギワルドがブラッツに声をかけるのは、ブラッツの注目を自分に引きつけるためだろう。実際ブラッツは面倒くさそうに視線をジギワルドに向けた。
 その隙を見逃さず、レナールの口元がわずかに動く。魔法の呪文を唱えているのだろう。

「さっき言ったことがすべてだ。ジギワルド」
「そんなことは間違っています。この状況を公表して有識者に見解を仰ぐべきだ」
「お前の考えは甘い。ラウフェンとして他国に隙を見せるわけにはいかない」

 アリーセの祈りが終わる。ある程度はこの空間の中がアリーセの魔力で満ちたはずだ。

「レナール様! 今です!」

 アリーセの叫びにレナールが力強くうなずいた。
 次の瞬間、レナールの足元から前方にすさまじい速さで氷が広がった。

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