魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 床の上をすべるように広がった氷は、レナールとアリーセ、ジギワルドを除く人間の太もも辺りまでを見事に凍り付かせる。
 対象を的確に凍り付かせていることから、寸分の狂いもなくレナールが制御していることがわかる。

(さすが、レナール様)

 いきなりの状況にブラッツや男たちの間に戸惑いが広がる。レナールは男の一人の腕を蹴り上げると、剣を奪い取った。そこから鮮やかに男たちから意識を刈り取っていく。

「アリーセ」

 レナールが男たちと戦っている間、ジギワルドがこちらにやってきた。ジギワルドはアリーセの両脇を抱えている男二人を順番に蹴りつけてアリーセを奪い返す。
 ジギワルドと共にアリーセはレナールに合流した。既に男たちを無力化していたレナールはアリーセの顔を見てわずかに微笑むと、パチリと指を鳴らす。氷が消えた。男たちが床に倒れる。
 レナールが最初の奪った剣を持ってアリーセをかばうように前に立った。

「アリーセ嬢。何をした」

 ブラッツにとっては想定しない事態だったのだろう。彼の声は震えていた。

「祈りを捧げただけです。聖属性の魔力があれば魔法が安定して使えると教わったので」
「は、はは。なるほど。わざわざロストを通さなくてもかまわないと言うことか」

 ブラッツが笑い声を上げる。だが、次の瞬間、こちらを見据える目がギラリと光った。

「だが、魔法を使えるのは君だけではない」

 ブラッツが不敵に笑う。

(――まさか)

 まずいかもしれない。
 レナールの使った魔法は大きなものだった。森の家で水晶玉の光が毎日なくなっていたことから効果は長く続かないのだろう。しかも、あのロストには増幅の効果があった。
 現に、先ほど放ったアリーセの魔力はかなり薄くなっている。
 けれど、ブラッツはそれを感じられないのだろう。

「魔法を使うのは危険です。もう彼女の魔力の効果は切れている」

 レナールが冷静に警告するが、ブラッツはそれを自分たちが有利になるがための嘘だと思ったらしい。

「なら、アリーセ嬢を返してもらおうか。出来ないのなら」

 ブラッツの口元が動き始める。
 彼の声で紡がれるのは、アリーセもよく知る風の魔法の呪文。

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