魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「兄上! 危険です! おやめください!」

 ジギワルドも大声を上げる。だが、ブラッツは詠唱をやめようとはしなかった。
 レナールがちっと舌打ちをする。
 アリーセは慌てて祈りを呟く。しかし呪文の詠唱が終わるのはそれよりも早かった。

(魔法は暴走しない可能性もある。けれど)

 ここは特に暴走しやすい。そう言ったのはブラッツ自身だ。
 ブラッツが魔法を発動しようとしたとき。

「風の――っわあああああ」

 彼の周りを風が吹き上げた。ブラッツの悲鳴のような声が聞こえる。
 うねる風がブラッツの周りを取り囲んでいた。
 アリーセは目を見開く。レナールが冷静に言う。

「魔法の暴走だ。この場を出た方がいい」
「でも!」

 隣ではジギワルドが呆然とブラッツの姿を見ている。

「魔力を使い切れば収まるはずだ。このままだと確実に巻き込まれる」

 レナールの言うとおり、風のうねりは周囲を巻き込んでどんどん大きくなっていく。
 ブラッツの近くに倒れていた男たちが巻き込まれていく。
 強い風がアリーセの髪を吹き上げる。だんだん目も開けていられなくなる。

「アリーセ。殿下も」
「ああ。仕方がない」

 ジギワルドは何かを吹っ切るようにしてうなずいた。
 アリーセはたちは急いで部屋の外に出る。
 暗い廊下。風に押されてさらに重くなる重い扉をジギワルドとレナールの二人がかりでなんとか閉める。
 幸いなのはロストがある場所のためか、それなりに頑丈に作られていたことだろう。
 このままあの部屋の中で持ちこたえてくれればいい。
 だが、すぐに扉が揺れ始める。こちらまで振動が伝わってくる。

「思ったより殿下の魔力量が多いみたいだな。これは耐えられるか微妙なところだ。ここは王宮だとどこに当たりますか?」

 レナールの質問にジギワルドが難しい顔で答える。

「王宮の居住区の一部だ。外れと言ってもいい。この時間に働く人は少ないが、ただ両親がいる」

 つまり国王夫妻だ。
 その間にもカタカタと扉の揺れは大きくなっていく。そして、その揺れは次第に建物に波及していく。

「殿下。万一のこともある。あなたはここから逃げてください。必要なら、避難指示を」

 レナールが冷静に言う。

「だが、君たちは」
「私は、なるべく被害を広がらないようにできないかやってみます。アリーセ、君も協力してくれるか?」
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