魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「ギャロワの私兵です。見覚えがあります」

「そうですか。あなたを確保しにきたんでしょう。おそらくこの屋敷の中で一番価値があるのがあなたですから」

 後ろはすぐに行き止まり。しかも「商品」の逃走防止なのかどの窓にも鉄格子がはまっている。あれを魔法で壊せば逃げられるだろうか。でも。

「――私のことを信じてじっとしていてください」

 焦るアリーセに、青年が落ち着いた声で囁く。

(どうするつもりなの?)

 アリーセは横に立つ青年の顔を見上げた。
 青年の青い目には強い意志の光が浮かんでいる。焦っている様子は全くない。
 青年は何かを小さく口ずさんでいる。
 その響きは聞き慣れた魔法の呪文で、アリーセは小さく息を呑んだ。

 男たちは、アリーセと青年が動かないのを見て、観念したとでも思ったのだろうか。スピードを緩めて、余裕綽々の態度でこちらに近づいてくる。
 三人とも体格のいい男たちだ。背丈はともかく、横幅は青年の二倍くらいありそうに見える。その中でも一番身体の大きな男が任せろとばかりに前に出る。男は背中に大ぶりの剣を背負っていた。
 ローブを着た青年など、彼にとっては敵でもないのだろう。
 にやりと笑った男が背中の剣を抜こうとしたその瞬間。
 ぶわっとすさまじいつむじ風が男たちを襲った。
 屈強な男たちがなすすべもなく吹き飛ばされ、ふいに風が消えたことで床にたたきつけられる。
 その威力にアリーセは呆然とするしかない。

(こんなに強力な魔法、初めて見た……。しかも的確だわ)

「行きましょう!」

 青年の声にアリーセは我に返る。
 青年は再びアリーセの手を握ると、全速力で走り出した。男たちが倒れる隙間を縫うようにして進む。
 おそらく今青年が向かっている方向が屋敷の中心だ。近づく度にざわめきが聞こえてくる。騎士団が乗り込んでいるのだろう。

 アリーセが閉じ込められていた部屋の前を通り過ぎてしばらくすると、階段が見えてくる。が、剣を持ってこちらに向かってくる男が一人。格好もさっきの男たちと似たり寄ったりだからおそらく敵だろう。
 しかし、青年は走るスピードを緩めない。そのまま前方に強風を生んで男を吹き飛ばす。階段を上ろうとしていた男は、そのまま転がるように階段から落ちた。
 青年とアリーセは階段を駆け下りる。
 青年は意識を手放している男の元で立ち止まると、男が持っていた剣を奪った。小さく男の胸が上下していたので、どうやら生きてはいるらしい。

「そろそろ玄関ホールです。もう少しだけ頑張ってください」

 青年の励ましにアリーセはうなずいて、再び走り出した。
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