魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 アリーセは薄紫色の目を丸くした。

 真っ先に脳裏に浮かんだのはアリーセたちの生活を支えてくれた監視者の存在だ。
 彼らは何故、魔女の生活を無償で支えていたのか。ありがたかったけれど、不思議だった。
 でも。彼らが水晶玉の魔力を利用していたとしたら? その対価として魔女の生活を支えていたとしたら? だって、魔女に去られると困るから。
 そう考えるとつじつまはあう。

 けれど。あくまで憶測だ。そもそも魔力の使い道がわからない。贖罪が本当だったら? やっぱり戻るべきでは?
 揺れるアリーセを引き戻したのはレナールが続けた言葉だった。

「それに、たとえその魔女の贖罪が事実だったとしても、五百年も前の話です。あなたが犯した罪ではない。あなたに贖罪など必要ありません。おかしな話です」

 そう断言したレナールは、アリーセが「贖罪」として魔力を搾取されていたことに本気で腹を立てているようだ。彼も魔法使いだからだろう。彼の深海の瞳に怒りがにじむ。
 アリーセは、じわじわと心の中にレナールの言葉がしみこんでいくのを感じていた。

 ――贖罪など必要ない。そんなこと、誰も言ってはくれなかった。

「そんなふうに思ったことはありませんでした」
「私は事実を言ったまでです。あなたが五百年も前の魔女の贖罪をする必要はない。贖罪を理由に搾取なんてたちが悪すぎる」

 言われてみればその通りだ。同じ魔女だからといって、何故、アリーセが生まれる前、それも何百年も前の魔女の贖罪をしなければならなかったのだろう。
 でも、アリーセはそれをやらなければならないと思い込んでいた。それにがんじがらめになっていた。だってそう教えられてきたから。
 でも、五百年も前の魔女の罪をアリーセが償わなければならない理由など、ない。

 ――つきものが落ちた、とはきっとこういうときのことを言うのだろう。

 目の前が拓けたようなすがすがしい気持ちになる。

「なんだか表情が変わったね。で、アリーセ嬢。それで、まだ君はラウフェンに戻るつもりかな?」

 アリーセの気持ちを見透かしたようなユーグの質問にアリーセはしばし考える。
 贖罪が不要だと気づいた今、ラウフェンに戻る理由があるだろうか。

 ――ない。

 可能性を知ってしまった今、森の家に戻って再び祈りを捧げる生活には戻れない。
 となれば、ラウフェンに未練なんてない。

(――ピリエで新しい人生を始めよう)

 ジギワルドには悪いことをするのかもしれない。監視者の中で、彼だけは特別だった。
 でも、アリーセがここに来ることになったのも、ジギワルドのせいとも言えなくはない。婚約者の手綱はしっかりと握っておいてもらわないと困る。
 彼にはアリーセは死んだものだと思ってもらおう。

「いいえ。私、ピリエに残ります」

 アリーセはしっかりと答えた。
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