魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 * * *

「おはようございます」

 支度を終えてアリーセが食堂に入ると、レナールは既に席についていた。黒のコートにトラウザーズという格好は、彼が王宮に出仕するときの定番の組み合わせだ。クラバットの色はそのときの気分で変わる。今日は落ち着いた紫だ。
 ちなみにアリーセはレナールが用意してくれた紺色の落ち着いたワンピース。胸元の金のバッジはピリエ王宮の職員章だ。アリーセのように正式な職員でなくても支給されるらしい。レナールも形は違えど同じものをしている。

「おはよう。アリーセ」

 レナールの家族は一年の大半を領地で過ごしているらしく、王都のタウンハウスはレナールと少数精鋭の使用人しかいない。レナールは手のかからない主人らしく、使用人たちは客人として滞在することになったアリーセを歓迎してくれた。

 アリーセはレナールの向かい側の席に座る。
 テーブルの上には、ふわふわのパンや、みずみずしいサラダ。スクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン、枝豆のポタージュにデザートのオレンジといったメニューが並んでいた。公爵家の料理はどれもおいしくて、新調してもらったばかりの服がきつくなってしまいそうなのが恐ろしい。

 シェルヴェ公爵家にお世話になり始めて三ヶ月。当初、貴族の屋敷にお世話になることに完全に気後れしていたアリーセだけれど、ベルタが貴族にも通用するマナーを仕込んでくれていたことに助けられた。気づけばこうしてレナールと共に食事をとることもすっかり当たり前になっている。

 ピリエの人間にとって魔法使いが尊重されるという話も本当だった。以前、食事の席で使用人が誤って水をこぼしてしまったことがあったのだが、レナールが魔法を使ってあっという間に濡れた絨毯を乾かしてしまった。礼を言う使用人の表情が恐れではなく憧れと尊敬に満ちていたのは衝撃だった。国が違うだけでこうも違うらしい。

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