魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 朝食が終わるとすぐに出勤だ。使用人たちににこにこと見送られながらレナールと共に屋敷を出た。王宮までは公爵家の馬車で向かう。

「そういえばさっき、トレーズと何を話していたんだ?」

 馬車の中、レナールが尋ねてきた。
 レナールのアリーセに対する口調はすっかり気安いものになっている。それが彼と親しくなれたようで、アリーセは少し嬉しい。しかも、名前で呼ぶことも許してもらっているのだ。
 トレーズは公爵邸の従僕だ。おそらく、朝食後にトレーズと会話をしていたことを言っているのだろう。

「頼んでいたピリエ語の教本が今日届くって教えてもらったんです。会話は大分できるようになったんですけど、読み書き……特に書くのは苦手なので。トレーズさんがいい本があると教えてくれたんです」
「……」

 レナールが難しい顔をする。

「読み書きに不安があるなら、今度時間をつくろう」
「とんでもないです。魔法も教わっているのに、これ以上レナール様に負荷をかけるわけには」
「アリーセ。前にも言ったことがあるが、これは俺の未来への投資でもある。助手である君が成長すれば、俺が楽になる。だから気にしなくていい」

 その言い方はずるい、とアリーセは思った。提案を受け入れざるを得ない。

「わかりました。ありがとうございます。少しでも早くレナール様のお役に立てるようにがんばりますね」

 ああ、とレナールが目を細めた。その神々しさすら湛える笑みがとてもまぶしい。
 馬車が王宮に着く。
 ピリエ王宮の本殿は、左右にある尖塔の水色の屋根が特徴的な白い優美な建物だ。建物の中はいくつかの区画に別れており、レナールの職場であるユーグの執務室は、執務区にある。
 もっとも、アリーセの職場はそこではない。王宮の一角に建つ魔法研究所の中にあるレナールの研究室だ。
 非常に遠回りになるにも関わらず、レナールは毎日アリーセを研究室まで送り届けてくれる。一応、研究室の様子を確認する、という名目はあるようだが、おそらくそれは口実だろう。
 馬車を降りたところで、アリーセは思い切ってレナールに申し出てみた。

「あの、レナール様。わざわざ送ってくれなくても、私、一人で研究室に行けますよ」
「自分の研究室の様子を確認しに行くついでだから気にするな。今までが放置のしすぎだったと反省しているんだ」

 どうやら引いてくれる気はないようだ。
 結局、今日も研究室まで一緒に出勤することになってしまった。
 道だってしっかり覚えた。警備がしっかりしている王宮内でそう滅多なことは起こらない。起こったとてアリーセには魔法だってある。なのに。
 一緒に暮らしていてわかったことがある。レナールは過保護だ。

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