魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 レナールが温室の扉を開ける。アリーセは恐る恐る中に足を踏み入れた。
 中は暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気温に保たれている。広さはレナールの研究室の半分くらいだろうか。
 右側には棚が作られており、プランターがいくつも並んでいる。左側は畑のようになっていて、名前も知らない薬草が生えていた。

「左側の薬草は一般的なもの。プランターに植えられているのは貴重なもの。そして奥にあるあの長方形の石が、ロストだ。ロストは大抵、ああいった石に刻み込まれている。そして回路の内容が複雑であればあるほど、大きい」

 レナールの言うとおり、温室の奥にはアリーセの背丈よりも大きな黒っぽい長方形の石がどんと置かれていた。

(これがロスト……)

 アリーセは目の前の石をじっと見つめる。

「正確に言うと、この温室自体がロストなんだ。この壁もガラスのように見えるが厳密に言うと違うらしい。元々別の場所にあったものを、大昔にここまで運んで来たそうだ」
「普通の温室とどう違うんですか?」

 薬草は見事に育っているようだが、ロストでなくてもきちんと世話をしていれば育つはずだ。

「ここの温室は、どんな植物でも育つ。例えば、この草は南でしか育たない。逆に、こちらの白い花は寒いところでしか咲かない」

 レナールは左側の畑の植物を指さしながら説明してくれる。

「え?」

 いくら温室でも、育つ環境が違う花が同じ場所に咲くことはないとわかる。

「嘘だと思うなら、あとで薬草図鑑で調べればいい」
「いえ。信じないわけではないんですが、どういう理屈でそんなことが可能なんですか?」
「魔法回路を読み解く限り、魔法で自動的にその植物にあった環境を解析して作り出している。――まあ、回路の意味がわかったとて、俺たちの使っている魔法とは別の理論で作られているから、俺が同じように魔法回路を書いたとしても発動できないんだがな。だが、いつか再現できればいいなと思う」

 レナールの口調はどこか楽しそうだ。ロストが好きなことが伝わってくる。

「まあ、今はその再現にかける時間がなかなかないのが実情だ。隠居後の楽しみだな」
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