魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「このことはあまり周囲には広めない方がいいね」
「ああ。だから俺が報告書を作った」

 レナールとユーグが警戒するのには理由がある。
 聖女は唯一浄化を行える。その浄化の対象は、魔力のゴミである瘴気だけではない。「悪しきもの」すべてを浄化――言い換えれば滅することが出来る。
 聖女の魔法で有名なのは、豊穣魔法だ。浄化魔法の応用で、作物の成長を阻害する要素を滅することで、実りを豊かにするのだ。それにより飢饉から救われたという話がある。
 他にも聖女により救われた逸話は山ほど存在する。とある病が流行ったときに、その病が蔓延するのを浄化魔法で食い止めた。誰も住めない汚染された土地を浄化して緑が芽吹くようにした。枚挙にいとまがない。
 民を救った聖女たちはあがめ奉られていた。
 聖女は、それだけの奇跡を起こせる可能性を秘めている。
 ――つまり、ほしがる人間がたくさんいるのだ。
 最悪、アリーセの身が危険にさらされる可能性もある。
 アリーセが一人前になるまでは、情報は広めない方が得策だろう。

「賢明な判断だね。まあ、君に任せておけば大丈夫かな。君ならアリーセ嬢を悪いようにはしないでしょう」
「当たり前だ」

 レナールが真面目な顔で大きくうなずくと、ユーグはにっこりと笑った。

「ずいぶん大事にしているみたいだね。アリーセ嬢のこと」
「面倒を見ろと言ったのはお前だろう? 忘れたとは言わせない」
「まあね。よい仕事したな僕って思っているところ」
「よい仕事? アリーセが聖女だったからか?」

 レナールは鋭い視線をユーグに向ける。
 ユーグはこの国の王太子だ。国としてアリーセの力を利用したいと考えても不思議ではない。レナールとしては、ユーグを信頼して打ち明けたのだが、間違いだっただろうか。
 おっと、とユーグが両手をあげる。

「違うよ。アリーセが聖女だったなんて、あの時点でわかるわけがないでしょう。それに僕は聖女を利用するつもりはない。聖女に頼ることは劇薬だからね。今はいいかもしれないけれど、頼り切ってしまっては、将来的に困るのが目に見えている」

 ユーグがきっぱり断言した。レナールははっとしてすぐに謝罪する。

「すまない。過剰反応だった」
「かまわないよ。君が警戒するのは当然だ。大事なアリーセ嬢のことなんだから。……まだ無自覚みたいだけど」
「何が言いたい?」
「気にしないでいいよ。まだまだ先は長そうだし」

 その全てを見透かしたようなユーグの表情が面白くなかったけれど、追及している暇はないのでレナールは引き下がることにした。

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