魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 忙しいのだろう。じゃあね、とユーグはさっさと研究室を去って行ってしまう。まるで嵐のようだったな、とアリーセがユーグが消えたドアを見つめていると「アリーセ」とレナールに名前を呼ばれた。
 アリーセがレナールの机の前に立つと、レナールの青い瞳がアリーセに向けられる。

「アリーセ。出張の件だが、そんなにすぐに引き受けてよかったのか?」
「もちろんです。レナール様にはお世話になっていますから。私で助けになることならお役に立ちたいです」

 アリーセはきっぱりと言い切る。これだけはわかってほしかった。でも。

「――もしかして、迷惑でしたか?」

 レナールが不機嫌な顔をしていたのが、アリーセに同行してほしくなかったからだとしたら? そのことに気づいて青ざめるアリーセにレナールがすぐさま否定した。

「いや違う。君に同行してもらえるなら、正直助かる。ただ――」

 レナールはそこで言葉を濁してから、何かを決意したように表情を引き締めた。

「ただ、俺は君が聖女だとばれることを危惧しただけだ」

 アリーセははっとする。確かに聖女が狙われる可能性は彼から聞いていた。
 聖女の魔法は、一般的な魔法では考えられないような効果を発する。特に豊穣の効果についてはほしがる人間も多い、と。
 ロストにこびりついていた瘴気が薄くなったら、疑問に思う人は出てくるだろう。

「すみません。私、そこまで頭が回ってなくて」
「いや。いいんだ。君の意思は尊重する。それに、たとえばれたとしても、俺が全力で守ればいいことに気づいた」

 レナールの表情は真剣だった。
 あくまでレナールは後見人として言っている。それがわかっていても、その響きはアリーセに取ってとても甘く聞こえて動揺してしまう
 なのにレナールはそんなアリーセに気づかないまま、今後の話を始めてしまった。
 本当に罪作りな人だ。ちょっとだけ恨めしい気持ちになった。
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