魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています

8 雨を降らせるロスト

 一週間後。アリーセはレナールと共にデュラックの領主であるフェヴァン子爵家を訪ねていた。

 王宮魔法使いとしての依頼のせいか、レナールはいつもの黒いコートとトラウザーズの上に王宮魔法使いのローブを羽織っている。アリーセはほぼ制服のようになっている紺のワンピースだ。
 二人を出迎えてくれたのは、フェヴァン子爵の息子だった。

「すみません。父は多忙でして、代わりに私が対応させていただきます。息子のマルクです」

 年齢は二十代前半くらいだろうか。短く切った茶髪に琥珀色の瞳。実直そうな青年だった。
 まずはフェヴァン子爵邸の応接室で簡単な話を聞くことになる。

「サヴィール子爵に見ていただきたいのは、デュラックに伝わるロストです。正直、ずいぶん長い間使われておらず、メンテナンスしていただいたところで本当に使えるかはわからないのですが、今はわらにでもすがりたい気持ちなのです」
「どのような効果を持つロストなのですか?」

 レナールの問いかけにマルクが答える。

「雨を降らせるロスト、だと言われています」

 そのスケールの大きさにアリーセは目を丸くしだ。

(確かに大型のロストは今の魔法では到底無理な現象も起こすものがあるって聞いていたけど……)

 本当に雨を降らせることなど出来るのだろうか。
 マルクが切実に続ける。

「今年は小雨です。まだかろうじて持ちこたえておりますが、このまま雨が降らないと作物も厳しい。何か手立てはないかと考えていたところ、この土地にあるロストのことを思い出したのです」

 実際、百五十年ほど前に、ロストにより雨を降らせて作物を育てた、という記録が残っているらしい。

「わかりました。とりあえず現物を見てみないと使えるかどうかはわかりません。まずは実物を見せていただけますか?」
「もちろんです」

 マルクが大きくうなずいた。早速三人でロストを見に行くことになる。
 フェヴァン子爵邸からは少し離れたところにあるということで、子爵家の馬車に乗って行くことになった。四人乗りの馬車に、アリーセとレナールが並んで座り、その向かい側にマルクが座る。

「町外れにあります。さすがに大型過ぎてどこにも移設することができなかったんでしょう。野ざらしはまずいと思ったのか、木造の小屋を後付けで作ったようです」

 馬車がゆっくりと動き出す。
 レナールとマルクが仕事の話をしている横でアリーセは窓の外の景色を眺める。
 馬車は田園風景の中を走っている。水が足りないのだろう。畑に植えてある小麦も野菜もどこか元気がない気がする。
 このまま雨が降らなかったら。そんな不安があるのだろう。歩いている人々の表情も、どこか不安そうだ。

(ロストが無事に動いてくれるといいんだけど)
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