魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「どうしたの?」

 向かい側に座るアリーセの視線に気づいたのか、ジギワルドが小さく首をかしげる。

「いえ。ジギワルド様の所作はとてもきれいだな、と」
「そうかい? 立場上、きっちり仕込まれたからね。でも、あなたの所作もきれいだと思うよ」
「そうですか?」
「ベルタに礼儀作法を教わったんだろう? だったら自信をもって大丈夫だ」

 ベルタは確かに品のある女性だった。ベルタは髪の色こそ蜜色だったけれど、瞳はジギワルドと同じ翠。ひょっとしたら、二人は親戚なのかもしれない。

「忘れたというのならば、復習に付き合おうか? 忘れてしまうのはもったいない」
「ありがとうございます。でも……」

 礼儀作法を身につけたところで披露する場所がない。

「披露する相手が私だけじゃだめかな? 本当はあなたを私の家に招待できればいいのだけれどね。あなたが祈りを欠かすわけにはいかないから」

 ジギワルドが悲しげな顔をするので、アリーセは慌てて首を振った。

「気にしないでください。そのお気持ちだけで嬉しいです」

「魔女」を家に招待しようと考えるのなんて、きっと彼くらいなものだろう。

「ジギワルド様がこうして訪ねてくださるだけで、私は十分ですので」

 ジギワルドは何かを言いたげにアリーセを見つめる。アリーセが首をかしげると、ジギワルドは小さく首を振った。

「そうだ。アリーセ。君の好きな作家の新刊が出ていたからどうぞ。私が読んだものになってしまうけど」

 ジギワルドが本を一冊テーブルの上に置いた。アリーセとジギワルドは推理小説が好きという共通点を持つ。森の一軒家での数少ない娯楽が読書なのだ。

「本当ですか? ありがとうございます」
「詳しいことは言えないけれど、最後の展開には手に汗握ったよ。――先月貸した本は読んでくれたかい?」
「はい。もちろんです」
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