魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 ここで自分を守るために使わない判断をするのは簡単なことだ。でも、きっとその決断をすれば一生引きずってしまうだろう。
 レナールはアリーセの覚悟を確認するようにじっとこちらを見つめる。
 アリーセはひるまずまっすぐにレナールに視線を返した。
 レナールがふっと力を抜いた。

「すまない。ありがとう」
「いえ、とんでもないです。私はそのために来たんですから!」

 アリーセは力いっぱい首を振る。

「それに、何かあってもレナール様が守ってくれるんですよね?」

 冗談ぽく言えば、レナールは大きく目を見開いてそれから笑った。

「――そうだな。シェルヴェ公爵家の力、すべて使ってでも君を守る」

 レナールの蕩けるような笑顔に目を奪われて、ほんの一瞬、ときが止まったような気さえした。

「じゃあ、頼めるか、アリーセ」
「は、はい。どれくらい効果があるかはわかりませんが、やってみます!」

 はっと我に返ったアリーセは、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。レナールも既に真面目な表情だ。
 アリーセは魔法回路の正面に立つと、浄化魔法の呪文を唱える。白い光が魔法回路の一部を包み込んだ。
 光が消えると、光に触れた場所だけ、黒ずみが少なくなっていた。周囲と比べるとはっきりとわかる。

「すごいな」

 感嘆の声を上げてレナールが瘴気を計測する。六十台まで下がっていた。
 が、アリーセが浄化したのはほんの一部。アリーセが両手を広げても足りないほどの幅がある魔法回路だ。おそらく十分の一にも満たない。

「なんだか、もう少し出来そうな気はするんですけど。教えていただいたことはやったつもりなんですがうまく力が使えてなくて」
「そうか。いい機会だ。俺が君の魔力の流れを確認してみよう。聖属性の魔法は他の魔法とは勝手が違うのかもしれない」
「はい。お願いします」
「わかった。では失礼する」

 レナールがアリーセの後ろに回り込んだ、と思ったのもつかの間、レナールにふわりと後ろから抱きしめられるような形になる。
 いや、実際は後ろに立ったレナールがアリーセの両方の手をそれぞれの手で握っただけなのだが。ただ、体温を感じられるのでは、と思うほど距離が近いのは確かだ。

「レナール様、この体勢は……」
「魔力の流れを手伝うには、近づく必要がある。前に立ってもいいが、そうすると魔法回路が見えないだろう?」

 戸惑うアリーセにレナールはさらりと答える。彼にとってはそれ以上でもそれ以下でもないだろう。でも。
 アリーセは意識せずにはいられない。
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