魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています

10 ピリエの聖女

 おそらく皆、起動すればすぐに雨が降ると思っていたのだろう。
 本当に起動したのかもわからない状況に小屋の中がざわつく。

「レナール様」

 アリーセは思わず隣に立つレナールの顔を見上げる。声に不安がにじんでいたらしい。レナールが苦笑した。

「そんな不安な顔をするな。大がかりな魔法はそれだけ発動にも時間がかかる。魔力がめまぐるしく動いているのが見えないか?」

 レナールの指摘にアリーセは魔法回路に視線を向ける。
 確かに白い輝きが回路を駆け巡っているのがはっきりと見て取れる。

「そうなんですか。子爵」

 どうやら会話を聞いていたらしいマルクがすがるように尋ねてくる。

「はい。この線の上を光が動いているのが見えますよね」

 レナールは魔法回路を遠くからなぞるように手を動かす。

「大がかりな魔法ほど発動するまでに時間がかかります。成功した、と断言することはできませんが、もう少し待つ必要はあると思います。前回の起動記録にはそのあたり残っていないんですか?」
「そこまでは」

 マルクがゆっくりと首を振る。

「まだロストは起動中です。とりあえず待ちましょう」

 レナールの落ち着いた声に、小屋の中のざわめきはぴたりと収まった。
 彼も高位貴族だ。人の上に立つことには慣れているのかもしれない。
 マルクたちは外で待つことにしたようだ。レナールとアリーセは小屋を出て行く彼らを見送る。もう少しこの魔法回路を見ていたい気分だった。
 レナールは、キラキラと光る魔法回路に目を向けていた。
 アリーセも魔法回路を見つめながら隣のレナールの声をかけた。

「きれいですよね。隠されているのがもったいないくらい」
「――そうだな。いくら見ていても飽きない」

 レナールは視線を前に固定させたまま答える。

「俺は、魔法回路に魅せられて、魔法道具を極めることにしたんだ。君にもそんなふうに自分の道を見つけてほしい」

(自分の道……)

「俺は君に何かを強制するつもりはない。ただ、君が望む道に進むことは手伝ってやりたいと思っている」

 白い光が魔法回路の上を統べるように移動していく。強く光る場所が次々に変わっていく。

(どうしてそこまで……)

 アリーセはレナールの秀麗な横顔を見つめた。
 わかっている。だってレナールはアリーセの後見人だから。
 けれど。何かを期待したくなる自分がいる。アリーセはきゅっと自分の手を握った。
 視線に気づいたのかレナールがこちらを向く。薄い唇がゆっくりを開いて――。
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