魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「雨、降りましたね」

 後ろからレナールの声がする。仕事モードで人に接する口調なのに、いつもと少し違う迫力めいたものがあった。

「そうですね。ありがとうございます。子爵」

 だが、待ち望んだ雨の前ではそんなレナールの口調も些細なものらしい。マルクは満面の笑顔でレナールに感謝を述べている。

「いえ。これが私の仕事ですから」

 毒気を抜かれたのか、レナールの声のトーンも元に戻っていた。ただ、アリーセを抱き寄せたままだ。身長差のせいで、アリーセの頭の上にレナールの頭があるような形になっている。

(これはどうしたら……)

 というか、一体どういう状況なのだろう。後ろからレナールに抱き寄せられている。先ほどの魔力の流れを見たときの比ではない。けれど、抵抗する気にもなれなかった。
 マルクはひとしきりレナールに感謝の言葉を述べ、感激している提供者たちの元へ向かう。
 雨は本降りになりつつある。

「……っ。すまない」

 ようやくこの状況に気づいたのだろう。レナールがぱっとアリーセから離れた。

「いえ。大丈夫です。その、このままだとずぶ濡れですね……」

 もう既に手遅れ感もある。濡れた衣服がしっとりと肌に貼り付いて不快だ。
 レナールの前髪から水がしたたり落ちる。

「彼らはまだ雨の喜びに浸っていたいみたいだから、しばらく小屋で雨宿りをするか」

 びしょ濡れにもかまわず喜び合うマルクたちの姿をちらりと見てから、レナールはアリーセの肩を叩いた。
 マルクと一緒にここまできたアリーセたちは、彼と一緒に戻らなければならないのだ。


 その日、久しぶりの雨にデュラックの町は湧いた。
 デュラックの恵みの雨は、三日三晩続いたという。

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