魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「――は?」

 アリーセは薄紫色の目を瞬かせる。
 全く意味がわからない。どうして婚約などという話になるのか。
 ぽかんとするアリーセを見て、レナールがため息交じりに苦言を述べる。

「ユーグ。説明を省きすぎだ」
「あー。ごめんごめん。さっき、君に縁談が来ているっていう話をしたよね。一応、王家もレナールの家も君の後見になるつもりだけれど、結婚したらその婚家の人間になるでしょう。婚家が優先になる。力が使いたい放題だ。つまり、聖女である君を強引に手に入れようとする人間も出てこないとは限らない。婚約者として僕かレナールが君の隣に立っていれば、不埒なことを考える人間も減るでしょう」

 意図はなんとなくわかった。

「でも、私は平民ですよ?」

 ユーグは王太子、レナールだって立場は限りなく王族に近い。
 そんな二人のどちらかが婚約者だなんて恐れ多すぎる。むしろ、周りも許さないだろう。そう思ったのに。

「聖女の前には身分なんて吹き飛ぶよ」

 ユーグにあっさり否定されてしまう。

「ですが……」
「そんなに身構えないで大丈夫。形だけの婚約と思ってくれてかまわないよ。君を守る手段の一つだ。この先君が結婚したい相手ができたら、さっき話した理由を公表して解消すればいい。もちろん、本当に結婚してもいいけれど」
「……」
「で、どちらがいい?」

 ユーグは重ねて問いかけてくる。
 やはり抵抗感が大きい。嫌というよりも、二人に申し訳ないというかなんというか。

「お二人はかまわないのですか?」
「もちろん。僕もレナールも特に婚約者はいない。女性に興味もなかったレナールはともかく、僕はこういうときのために婚約者の席を空白にしていたと言ってもいい」

 不測の事態に自分を政略の道具として使うために。

「それは今すぐ答えなければいけないものなのでしょうか」
「うん」

 レナールはどう思っているのだろう。口を挟まないということは、レナールにも意義はないと言うことなのか。それとも諦めているだけなのか。
 それを確認したくてアリーセはレナールの方を見る。
 レナールの青い瞳が揺れていた。どこか不安げな表情でアリーセを見つめていた。
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