魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
(どうしてそんな顔をするの……?)

 アリーセの知るレナールはいつも平静だった。あまり表情を変えることがない。微笑んだり怒ったりは見たことがあるけれど、不安げな顔は初めて見る。奴隷商から救出の際、屈強な男たちが向かってきたときだって、平然としていたのに。
 胸がきゅっと痛い。

「答えられないなら、陛下に決めてもらう?」
「いえ。自分で決めます!」

 さすがに国王陛下が決めるなど恐れ多い。
 それに、ユーグとレナール、どちらかを選べと言われたら、悩むまでもなく答えは決まっているのだ。でも、それを口にしていいのだろうか。

(向こうから出された二択だし、それに、これは恋愛感情が関わるとかそういうものではないんだから)

 後見人がどちらがいい、くらいのノリのはずだ。
 アリーセは覚悟を決めた。

「私は、レナール様がいいです」

 レナールはわずかに目を見張り――そしてほんの一瞬、安堵したように柔らかく微笑んだ。ふわっと春の風が吹いたような、そんな笑み。
 アリーセの目はその笑みに釘付けになってしまう。

「そうかあ。レナールか」

 ユーグが隣に座るレナールにちらっと視線を向ける。アリーセは慌てて弁明した。

「そ、そのユーグ殿下が嫌というわけではなくて」
「わかってるよ。大丈夫。アリーセ嬢はレナールの方が慣れてるもんね。レナール、アリーセ嬢をよろしく頼むよ」
「ああ。もちろんだ」

 力強く答えるレナールの表情は、いつものものに戻っていた。

(でも、婚約っていっても、形だけなのよね。私の立場を守るため。普段通りに接すればいいはず。ときめいてはだめよ)

 アリーセは自分にそう言い聞かせる。
 身分差は横たわったまま。
 決して手が届く、なんて思ってはいけないのだ。自分の立場はわきまえなくては。
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