魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
2 壊された平穏
それはジギワルドが訪ねてきて三日後のことだった。
どんどん。乱暴に玄関のドアを叩く音がして、朝食の後片付けをしていたアリーセは眉をひそめる。
(――誰?)
少なくとも監視者が来るタイミングではない。近すぎる。それに、そもそもこんな乱暴に扉を叩かない。
森の奥にある魔女の家。迷い込んだ人間が過去にいないとは言わない。
居留守を決め込もうか。いや、無人だと思って勝手に踏み込まれても困る。
その間もどんどんと扉を叩く音は続く。アリーセは悩んだ既に扉を開けることにした。
「どちらさま――」
「あなたね。ジギワルド様の愛人は」
「――へ?」
ドアの前に立っていたのは、森の中には不似合いとも言えるきらびやかな薄紅色のドレスを着た令嬢だった。蜂蜜色のウェーブした髪。ぱっちりとした蒼い目。年齢はアリーセと同じくらいだろう。
彼女は二人の人間を従えていた。地味なドレスを着た侍女らしき女性は、嫌悪の表情を浮かべている。そしてもう一人は、どこか野卑な雰囲気を持つ屈強な男だった。おそらく扉を叩いたのは彼だろう。
「中に入れてくださらないの?」
「え? あ。はい」
慣れた口調で命令されて、アリーセは思わず彼女たちを中に招き入れてしまう。
石室があるから大きく見えるけれど、この家の居住スペースは基本的にこぢんまりとしている。令嬢のドレスのボリュームがすごいこと、男の体格がよいこともあり、狭い食堂の圧迫感がすごい。
「もてなしはいらないわ。たかが知れているもの」
そう言い放つと、令嬢は値踏みするように質素な部屋の中、そしてアリーセの全身に視線を走らせる。
目の前の令嬢に比べたら、アリーセなんて貧相なものだろう。同じ金髪でもアリーセの金色は少し沈んだ色だし、体型にメリハリもない。着ているのも綿のシンプルなワンピースだ。
「こんな女がジギワルド様の」
令嬢は忌々しげに小さくつぶやくと、アリーセを鋭くにらみつけた。
「わたくし、夫に愛人を許すつもりはないの」
目の前の令嬢は決定的に何かを誤解しているようだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、ジギワルド様の愛人なんかじゃ」
迫ってくる令嬢にアリーセは後ずさりながら弁明する。が、すぐにテーブルに突き当たってしまった。
「嘘おっしゃい! ジギワルド様が毎月こちらの家に通っているのはもう調べがついていますのよ。お忙しいあの方がわざわざ時間を作ってこんな遠くまで足を運ぶだなんて、愛人以外にあるものですか!」
「だから本当に――」
「黙りなさい!」
ぱしん、と右頬に衝撃が走った。反射的に頬を押さえる。叩かれたのだと気づいたのは少し間を置いてからだった。
呆然と令嬢を見つめると、令嬢の冷たい表情がアリーセを見下ろしていた。
「言い訳は聞かないわ。わたくしはジギワルド様の婚約者としてあなたの存在を認めるわけにはいかないの。いい?」
――婚約者。
薄紫色の目を見開くアリーセに令嬢が口元を歪める。
「あら。今知ったとでも言いたげなお顔ね。もしかしてジギワルド様と結婚できるとても思っていたのかしら。残念ね。そんなわけがないじゃない」
ズキズキと痛む頬を押さえながら、アリーセは言葉を絞り出す。
「そんなこと思ったことはありません」
本心だった。だってアリーセは魔女だから。ジギワルドは確かに魔女と知ってもなおアリーセに優しいけれど、でもそれは彼の性格からくるものだろう。
そもそもアリーセがジギワルドの愛人だという令嬢の前提からして間違っている。
おそらく目の前の令嬢は、アリーセが魔女であることを知らないのだ。
どんどん。乱暴に玄関のドアを叩く音がして、朝食の後片付けをしていたアリーセは眉をひそめる。
(――誰?)
少なくとも監視者が来るタイミングではない。近すぎる。それに、そもそもこんな乱暴に扉を叩かない。
森の奥にある魔女の家。迷い込んだ人間が過去にいないとは言わない。
居留守を決め込もうか。いや、無人だと思って勝手に踏み込まれても困る。
その間もどんどんと扉を叩く音は続く。アリーセは悩んだ既に扉を開けることにした。
「どちらさま――」
「あなたね。ジギワルド様の愛人は」
「――へ?」
ドアの前に立っていたのは、森の中には不似合いとも言えるきらびやかな薄紅色のドレスを着た令嬢だった。蜂蜜色のウェーブした髪。ぱっちりとした蒼い目。年齢はアリーセと同じくらいだろう。
彼女は二人の人間を従えていた。地味なドレスを着た侍女らしき女性は、嫌悪の表情を浮かべている。そしてもう一人は、どこか野卑な雰囲気を持つ屈強な男だった。おそらく扉を叩いたのは彼だろう。
「中に入れてくださらないの?」
「え? あ。はい」
慣れた口調で命令されて、アリーセは思わず彼女たちを中に招き入れてしまう。
石室があるから大きく見えるけれど、この家の居住スペースは基本的にこぢんまりとしている。令嬢のドレスのボリュームがすごいこと、男の体格がよいこともあり、狭い食堂の圧迫感がすごい。
「もてなしはいらないわ。たかが知れているもの」
そう言い放つと、令嬢は値踏みするように質素な部屋の中、そしてアリーセの全身に視線を走らせる。
目の前の令嬢に比べたら、アリーセなんて貧相なものだろう。同じ金髪でもアリーセの金色は少し沈んだ色だし、体型にメリハリもない。着ているのも綿のシンプルなワンピースだ。
「こんな女がジギワルド様の」
令嬢は忌々しげに小さくつぶやくと、アリーセを鋭くにらみつけた。
「わたくし、夫に愛人を許すつもりはないの」
目の前の令嬢は決定的に何かを誤解しているようだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、ジギワルド様の愛人なんかじゃ」
迫ってくる令嬢にアリーセは後ずさりながら弁明する。が、すぐにテーブルに突き当たってしまった。
「嘘おっしゃい! ジギワルド様が毎月こちらの家に通っているのはもう調べがついていますのよ。お忙しいあの方がわざわざ時間を作ってこんな遠くまで足を運ぶだなんて、愛人以外にあるものですか!」
「だから本当に――」
「黙りなさい!」
ぱしん、と右頬に衝撃が走った。反射的に頬を押さえる。叩かれたのだと気づいたのは少し間を置いてからだった。
呆然と令嬢を見つめると、令嬢の冷たい表情がアリーセを見下ろしていた。
「言い訳は聞かないわ。わたくしはジギワルド様の婚約者としてあなたの存在を認めるわけにはいかないの。いい?」
――婚約者。
薄紫色の目を見開くアリーセに令嬢が口元を歪める。
「あら。今知ったとでも言いたげなお顔ね。もしかしてジギワルド様と結婚できるとても思っていたのかしら。残念ね。そんなわけがないじゃない」
ズキズキと痛む頬を押さえながら、アリーセは言葉を絞り出す。
「そんなこと思ったことはありません」
本心だった。だってアリーセは魔女だから。ジギワルドは確かに魔女と知ってもなおアリーセに優しいけれど、でもそれは彼の性格からくるものだろう。
そもそもアリーセがジギワルドの愛人だという令嬢の前提からして間違っている。
おそらく目の前の令嬢は、アリーセが魔女であることを知らないのだ。