魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 レナールに顔を向けると、レナールの青い瞳がアリーセを探るように見つめていた。
 その青い瞳の奥に熱のようなものを感じる。とくとくとアリーセの心臓の鼓動が早くなった。
 心なしか、距離がいつもよりも近い。
 ただでさえレナールの顔立ちは美しいのだ。そんなに近くで見つめられたら、彼の顔を直視できない。アリーセはぎゅっと目をつむった。
 目をつむっても、彼が近くにいることがわかる。そっと頬に触れられる感触がして、心臓が爆発しそうになった。かっと頬に熱が集まる。きっと自分は今、真っ赤のはずだ。
 しばらくして、レナールの気配が遠ざかったのを感じた。

「悪い。少し冗談が過ぎたみたいだ」
「冗談だったんですか?」

 ぱちりとアリーセは目を開ける。拗ねた口調になっていたかもしれない。
 既に適切な距離まで離れていたレナールは、申し訳なさそうに頬をかく。

「ちょっと出来心だ。すまない。――婚約したからって、すぐに何かを変えるつもりはない。まあ、社交の場にパートナーとして参加してもらうことはあるかもしれないが」
「社交の場ですか? 私、何もわかりませんよ」
「大丈夫だ。その場合はマナー講師を呼んで講義をしてもらうから。それに、君の所作はきれいだから、貴族でも十分に通用する。そんなに心配する必要はない」

 レナールはお世辞などは言わない性格だ。きっと彼がそう言うのならばそうなのだろう。

「わかりました。そのときは精一杯がんばります」
「ああ。よろしく。婚約者殿」

 婚約者殿。そんな風に呼ばれると非常にくすぐったい気持ちになる。
 アリーセは照れ笑いを浮かべた。花が綻ぶように。
 はあ、とレナールが大きく息をつく。

「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。先は長いなと思っただけだ」

 レナールはゆっくりと首を振った。
< 60 / 147 >

この作品をシェア

pagetop