魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています

14 彼の正体

 苦しげなその声はアリーセをどこか非難しているようにも聞こえる。

「ジギワルド様」

 アリーセは彼の名前を呼ぶことしかできなかった。
 そう。目の前に立っていたのは、監視者の一人であるジギワルドだった。
 こんなに早く彼に会うことになるとは思わなかった。
 彼は、森の家に訪ねてきたときよりも、きらびやかな服装をしている。これが、彼の普段の姿なのだろう。服装が違うだけなのに、どこか遠い人にも見えた。
 何かを話さなければと思うのに、思うように言葉が出てきてくれない。

「――彼女には私の出張に同行してもらっているんです。婚約者ですから」

 ふいにアリーセの腰に手が回り、レナールの方へ抱き寄せられる。流ちょうなラウフェン語で説明したレナールは、厳しい顔でジギワルドを見つめていた。

「婚約者?」

 ジギワルドが眉間にしわを寄せる。

「申し遅れました。私は、レナール・シェルヴェ。先ほども申し上げたようにアリーセの婚約者です。ブラッツ殿下の客人として、しばらく王宮に滞在する予定でおります」

 レナールが丁寧に挨拶をする。その間もレナールはアリーセの腰をがっちりホールドしたままだ。離すどころか、その力は強くなるばかりで、アリーセは内心慌ててしまう。だが、ここで身をよじる勇気はなかった。それに、恥ずかしいだけで嫌なわけではない。
 レナールに怪訝な視線を向けていたジギワルドだが、一応心当たりはあったらしい。

「ああ。兄上の。話は聞いています。私はジギワルド・ヴァイツ・ラウフェン。ラウフェン王国の第二王子です」

 優雅に挨拶を返す。

(ああ、やっぱり)

 レナールに抱き寄せられたまま、アリーセはジギワルドの言葉を受け入れる。
 ジギワルドの口から語られた正式な身分。
 ある程度予想はしていたから驚きはなく、すとんと腑に落ちた。

「アリーセ。あなたも平静だね。教えた覚えはないのだけれど、もしかして気づいていた?」

 苦笑するジギワルドにアリーセは軽く首を振る。

「いえ。身分の高い方なんだろうとは思っていましたが、正式なご身分は今初めて知りました。ただ、ブラッツ殿下とよく似ていらっしゃったので、なんとなく予想はしていました」
「ああ。兄上とはよく似ていると言われるんだ」

 ジギワルドが少し表情をやわらげる。

「兄上の客人ということは、しばらく王宮に滞在するのかい?」
「三週間ほどお世話になる予定です」

 アリーセが口を開けるよりも早く、レナールが答える。
 ジギワルドがちらりとレナールを一瞥した。なんとも言えない緊張感が漂っている。

「ジギワルド殿下。申し訳ありませんが、次の予定の時間が迫っております」

 側近がすまなそうに口を挟む。ジギワルドもはっとしたようだった。名残惜しそうにアリーセの髪の毛をひとすくいさらう。アリーセに回されるレナールの腕に力がこもった。

「アリーセ。あとで話を聞かせて」

 ジギワルドは後ろ髪を引かれた様子で去って行った。

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