魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「レナール様。その、これは……」

 アリーセが名前を呼ぶとレナールがこちらを見る。青い目と視線がぶつかって、仕方がない状況とは言え、ひどく距離が近かったことに気づいて、動揺した。レナールも意図的なものではなかったのだろう。目を見開いて、慌てて後ろに下がった。

「その、すまない」
「い、いえ……」

 心臓がドキドキしている。そして、目の前のレナールも――わずかに頬が赤かった。

(――え?)

 レナールも照れているのだろうか。あのレナールが?
 アリーセの視線に気づいたのか、レナールがわざとらしい咳払いをすると立ち上がった。

「初歩的な部分は終わった。今日は夜会もあるし、そろそろ時間じゃないか?」

 夜会。ブラッツが好意で開いてくれるものだ。アリーセにとって初めての本格的な社交の場でもある。小規模な会なので肩肘張らずに、とフィンは言っていたけれど、こういうときに言う小規模はあまり信用しない方がいい気がする。

「ブラッツ殿下が侍女を回してくれるのだろう?」
「はい。その、ドレスの準備ありがとうございます。私、全然気づかなくて……」

 そう。昨日、フィンから夜会があると聞かされたとき、アリーセは焦った。社交の場にでることを全く考えておらず、頭から吹っ飛んでいたからだ。
 レナールが、こういう状態を想定して、アリーセの分まで用意してくれていて助かった。サイズ自体はピリエに来た当初、アリーセの服を用意するために公爵家で計測してもらったものがある。

「いや、君は初めてなんだから、気づかなくて当然だ。配慮するのは俺の役目だから気にしなくていい。それに婚約者なんだから、ドレスの一枚くらい贈るのは当たり前だろう?」
「そういうものなんですか」
「ああ。それに役得でもあるから」

 レナールが微笑む。役得の意味がぴんとこなかったが、アリーセはそれ以上は追及しなかった。
 フィンが時間になったと呼びに来る。
 初めての夜会に頭がいっぱいのアリーセは、後ろでレナールが険しい顔をしていたことに気づかなかった。
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