魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 ジギワルドと共にバルコニーに出る。お互い婚約者がいる身。あまり親密に見えないように歩く際も一定の距離は置いた。
 なんだかんだで室内は熱気がこもっていたようだ。ひんやりとした空気が気持ちよい。
 普通の立ち話の距離で、アリーセはジギワルドの向かい側に立った。

「ジギワルド様にも婚約者がいらっしゃるんですよね。誤解させることがあってはいけませんから、話はなるべく手短にお願いします」

 愛人だと誤解した相手を人買いに売るような令嬢だ。かなり嫉妬深いのだろう。
 だが、アリーセの言葉にジギワルドは青い目を丸くする。

「婚約者? 私に婚約者はいないよ」

(どういうこと?)

 アリーセはジギワルドの婚約者を名乗る令嬢に人買いに売られたのだ。ある意味そのおかげでレナールに出会えたのだけれど、だからといって感謝する気には全くならない。

「婚約者候補なら何人かいるけれど、正式に婚約したことはない」

 ジギワルドが嘘を言っているようには思えなかった。

(相手の思い込みだったってこと? 思い込みであそこまでやる?)

 アリーセは内心の驚きを押し込めた。

「わかりました。でも、私には婚約者がいますので」

 いつまで続くかわからない婚約だけれど、でも婚約は婚約だ。
 ジギワルドの翡翠の瞳が揺れる。

「……そのことだけれど、どうしてあなたは子爵と婚約することになったんだい? そもそも、何故森の家からいなくなった? とても心配していたんだ」

 ジギワルドの声が苦しげに聞こえて、アリーセは申し訳なくなった。でも、連絡をいれようにもアリーセはジギワルドの名前しか知らなかった。どうしようもなかったのだ。

「森の家に賊が入ってきまして、捕まってそのまま売られたんです。それでピリエまで連れてこられて、買われるのを待っていたところを――レナール様に救われました」

 かなり省いているが嘘はついていない。レナールという名前にジギワルドのこめかみがピクリと動く。

「それで婚約を?」
「それだけではありません。レナール様は私の面倒を見てくれて、そして新しい世界を見つける手伝いをしてくれました。だから」

 本当の目的はアリーセの保護なのだがそれを正直には伝えられないので、アリーセは二択でレナールを選んだときの気持ちを説明する。
 アリーセがピリエに残るきっかけをくれたこと。優しくしてくれたこと。そしてなにより、アリーセの意思を尊重してくれること。
 近くにいる時間が長くなったせいだろうか。彼が最近よく笑顔を見せてくれるようになったのが嬉しい。それだけ気を許してくれたことになるから。
 レナールのことを思うと、アリーセの表情にふわりと笑みが浮かぶ。

「あなたは……変わったね」

 ジギワルドの表情はどこか悲しそうだった。

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