魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「変わったとしたら、外の世界を知ったからだと思います。自由を手にして、やりたいことを見つけたから」

 それはあの森の家に閉じこもっていては、けしてできなかったことだ。

「そうか」

 ジギワルドは大きく息を吐き出した。

「今、あなたは幸せかい?」
「幸せです」

 アリーセは迷いなく即答した。

「……なら、よかった」

 ジギワルドの小さな呟きは、切なげに響いた。
 そして、沈黙が降りた。
 ジギワルドは凪いだ表情でアリーセを見ている。
 安心したような悲しいような複雑な感情をすべて呑み込んだそれ。
 少し強く風が吹く。

「何か、私に聞きたいことはあるかな?」

 ジギワルドからの問いかけにアリーセははっとジギワルドの顔を見た。
 彼がどういうつもりでこんなことを言い出したのかはわからない。
 彼に問いかけたいことはたくさんある。
 祈りについて。贖罪について。アリーセの置かれた立場について。
 そして、ラウフェンが使っているかも知れないロストについて。
 監視者の彼だったら何かを知っている可能性はある。
 けれど、ここは他人の耳目がある。迂闊に話題にできるような内容ではない。
 それに――ジギワルドに世話になったことは確かだ。その彼がアリーセを利用していたことが確定してしまうのが、なんとなく怖かった。
 結局、アリーセの口から出たのは無難な問いかけだった。

「森の家は、どうなっていますか?」
「そのままになっているよ。見に行きたいのなら行けばいい。場所を教えるから」
「ありがとうございます」

 森の家について、アリーセは正確な場所を把握していなかった。近くの村の名前は知っているけれど、距離感も全くわからない。その申し出は助かる。

「他には? と言いたいところだけれど、場所が悪いかな」

 ジギワルドが自嘲気味に微笑む。そっとアリーセの方に手を伸ばそうとして、ためらいののちに引っ込めた。

「アリーセ。あなたが知りたいことは何でも答える覚悟はある。知りたかったら私に連絡をしてほしい」
「それは……」
「いい、機会なんだ」

 ジギワルドのそれは、まるで自分に言い聞かせるように聞こえた。

「アリーセ。私は……」

 そのときだった。

「ジギワルド様!」

 だん、と無遠慮にバルコニーに続くドアが開かれる。
 アリーセとジギワルドは反射的にドアの方を見る。
 華やいだ声でジギワルドの声を呼んだのは――忘れもしない、アリーセを人買いに売った令嬢だった。

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