魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「こんなところにいらっしゃったのですね!」

 間違いない。蜂蜜色のふわふわの髪に可愛らしい顔立ち。青い瞳。鮮やかな翡翠色のドレスに身を纏った彼女は、ジギワルドを見て愛らしく微笑んだ。
 思わぬ闖入者の存在にアリーセの身体がこわばる。何しろ、彼女はアリーセが魔女だということを知っている。そしておそらくそれを黙っているような分別はおそらくない。

「クンケル侯爵令嬢……」

 ジギワルドの表情も声も苦い。しかしそんなことを気にもせずに令嬢は上目遣いでジギワルドを見つめる。森の家に押しかけてきたときとは別人のように、甘えた口調ですり寄った。

「ミンディ、と呼んでくださいと以前から申し上げているではないですか」
「あなただけを特別扱いするわけにはいかないよ。それに今、私は兄上の客人と話していたんだ」

 ジギワルドは直後に、アリーセを名前で呼ぶ愚行は犯さなかった。表情こそ変わらないが、口調にはどこかうんざりしたものがにじむ。いつもこの調子なのかもしれない。
 令嬢――ミンディという名前らしい――はようやくそこでアリーセの存在に気づいたらしい。いや、意図的に無視するのをやめたのだ。
 ミンディがアリーセの顔を見る。心臓が嫌な音を立てるのをアリーセは感じていた。

「あら。ブラッツ殿下のお客様ということは、ピリエからのお客様ですか? 髪の色だけ見るとラウフェンの方のようにも見えますが」

 ミンディはピリエには茶髪の人間が多いことを把握しているようだ。アリーセは必死に愛想笑いを取り繕う。

「ラウフェン出身ですので」
「なるほど。そうですか」

 ミンディは、興味がなさそうにそっけなく言うと、すぐにジギワルドの方を見た。
 貴族にとって平民など石ころも同然なのだろう。どうでもいい存在なので、最初から顔も覚えていなかったのかもしれない。
 それに、あのときと比べて今はドレスを着て化粧も施している。印象が全然違うだろう。
 アリーセはほっとする。路傍の石でかまわない。どうかこのまま彼女が気づきませんように。

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