魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「なんのことでしょうか?」

 落ち着きを取り戻したアリーセは、ミンディに向かって首をかしげる。
 ここはしらを切り倒してしまえばいい。貴族のマナーに明るくないアリーセだって、夜会で大きな声を上げて相手を糾弾することははしたないことくらいわかる。こちらが堂々としていれば、きっと周囲は味方になってくれるはず。そうやって逃げ切ってしまえ。
 ミンディはすっかり頭に血が上ってしまっているようだ。

「しらばっくれてもだめよ。わたくしは知っているんだから。どうやってここまで入り込んだの!」
「――私の婚約者が何か?」

 ふいにアリーセの肩が引き寄せられる。――レナールだった。
 そのぬくもりに、アリーセは涙がでそうになるほど安堵する。

「先ほどから、私の婚約者に向かって怒鳴り立てているようですが、彼女があなたに何かしたのですか?」

 ミンディに向けるレナールの視線は、背筋が凍りそうなほど冷たい。
 レナールは静かに怒るタイプのようだ。永久凍土のような表情でミンディを見つめている。顔立ちが整っているからこそ、心臓が縮み上がるような迫力があった。
 ひっ、とミンディが息を呑む。答えられないミンディを一瞥すると、レナールはジギワルドに矛先を変える。

「ジギワルド殿下。貴国の貴族令嬢は、根拠もないことを人前で怒鳴りつけてもよいと教育されているのですか?」
「いや、それはない」

 ジギワルドには答えられる程度の胆力はあったらしい。が、顔色は真っ青だった。
 そこに、ぱんぱん、と手を叩く音が響く。

「大切な婚約者を侮辱されて腹を立てるのはわかるが、そこまでにしてくれないか。子爵。あとは、こちらに任せてほしい」

 ブラッツだった。王太子の登場に皆が道を空けている。彼は優雅とも言える足取りでこちらに近づいてきた。空気が一変する。
 その場をブラッツが掌握したのがわかった。

「クンケル侯爵令嬢。君は夜会のマナーもわからないような令嬢だったのか? 彼女は私の賓客だ。罵倒することは許されない」

 顔面を蒼白にしたミンディは、パクパクと口を動かすがブラッツはそれを黙殺する。
 それから、皆を見回して宣言した。

「クンケル侯爵令嬢の言ったことは妄言だ。アリーセ嬢は魔女などではない。皆も、信用しないように」

 ミンディがへなへなとその場に座り込む。が、誰も手を貸そうとはしなかった。

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