魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
 アリーセとレナールは二人で夜空を眺める。瞬く星々。体温を感じる距離。

「そうか。それはよかった。魔女という叫び声が聞こえてきたときは肝が冷えた。もしかして、あの令嬢が不興を買った『身分の高い方』か?」
「はい。ジギワルド様の婚約者だって言っていました。実際は違ったようですが」
「どこにでも思い込みの激しい令嬢はいるからな」

 レナールが苦い口調で言う。経験則なのかもしれない。

「迂闊でした。貴族だったらこの夜会に出てくる可能性もあったのに」
「可能性を思いついたとしても、夜会に出ない訳にはいかなかっただろう。それに、警戒したとしても、ジギワルド殿下が君にちょっかいを出す限りどこかで見つかったはずだ」

 レナールなりにあれは不可抗力だったと慰めてくれているのだろう。
 ありがとうございます、とアリーセは気持ちを込めて礼を言った。

「でも、本気なんですか?」
「何がだ?」
「私が魔女だという噂が流れたらピリエに戻るって」
「当たり前だろう?」

 何を言っているんだ、とでも言わんばかりの口調だった。

「でも、レナール様の大切なお仕事ですし、ラウフェンとピリエとの今後にも関わってくるのでは?」
「君の安全より大切なことなんてない」

 レナールがきっぱり断言する。
 どきっとしてからアリーセは自分の立場を思い出した。
 聖女が持つ聖属性の魔力。それこそ、レナールが婚約してまでも守るべきもの。

「言っておくが、君が聖女だということは関係ないからな。そして一人で帰るのも無しだ」

 どうやらアリーセの心を読んだらしい。そして次に考えそうなことまで指摘されてしまった。

「どうしてわかるんですか?」
「君の思考パターンは大体わかる。……言っただろう。俺は君を守る」

 それはどうしてですか?
 そう声に出す前に、アリーセはくしゃみをしてしまった。

「冷えてきたな。そろそろ戻るか。挨拶だけして部屋に戻ろう」

 レナールの声は限りなく優しい。ふわりと上着を脱いでアリーセにかけてくれる。レナールの温もりが残った上着に、アリーセは温かい気持ちになって――それと同時にどこか切なくなった。

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