【Guilty secret】
 ヒグマ書店を後にした赤木は三軒茶屋駅前のコインパーキングに入った。駐車してある車は赤木の車ではなくレンタカーだ。

彼が運転席に座った時にスマートフォンが着信する。まるでどこかで行動を監視されているようなタイミングの良さに苦笑して、電話に出た。

赤木のスマホに非通知の文字が表示されるのは今日で二回目。一回目は今朝かかってきた。

『……はい』
{こちらの準備は整った。お前も準備は終えたか?}
『全部あなたに言われた通りにしましたよ』

 非通知の主は昨夜知り合った眼鏡の男。
警察でもマスコミでもヤクザでもない。どちらかと言えばヤクザの部類に近い謎の男は、何故か10年前に自分と芽依が起こした事件に興味を持っている。

{では、デートを楽しんで来いよ}
『デートじゃありません』
{好き同士の人間が一緒に出掛けることをデートと呼ぶそうだ。昔、俺の上司が言っていた}

そして謎の男は何故か赤木に手を差し伸べた。縁もゆかりもない自分達を、10年前に犯した罪の魔の手から逃がそうとしている。

『そう言えば……あなたのお名前を伺っていませんでした』
{名前が必要か?}
『一応は……。呼称がある方が便利なので。そちらが差し支えのない名前で構いません』

 男はしばし黙った。かすかに笑い声が聞こえた後に低い声がスマホから漏れる。

{サトウだ}
『へぇ。偽名としては都合のいい名前ですね』
{日本人に多い苗字だからな}
『じゃあサトウさん、また……』
{ああ。またな}

 赤木は謎の男をサトウと呼ぶことにした。おそらく偽名だろう。

偽名にするにしても、タナカやスズキではなくサトウにしたことには意味があるのか……。

『別に意味はないか』

 自分の自問に自答して、通話の切れたスマホをセンタートレイに置いた。芽依との待ち合わせ時間が近付いている。
彼はコインパーキングから車を発進させた。
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