【Guilty secret】
 土曜日の都心を抜けて1時間で赤木の運転する車が埼玉県に入った。芽依はさいたま市内の景色を珍しげに眺めている。

赤木は呆れ顔で窓に張り付く芽依を一瞥した。

『東京の人間には埼玉に珍しいものは何もないだろう』
「でも初めてだから埼玉ってこんな所なんだなぁって。それに赤木さんとならどこに行っても嬉しい」

 笑顔で埼玉の景色を眺める芽依を見つめる赤木の眼差しは物悲しい。やがて市内のレストランに到着して二人は夕食の時間を過ごした。

赤木の作るミートソーススパゲッティではない料理を、赤木と向かい合って食べる光景も芽依には珍しかった。

「赤木さんとご飯食べる時はいつもミートソースでしたね」
『お前がそればかりねだるからな。あの頃、毎日ミートソース食べてたせいで当分ミートソースが食べたいとは思わなくなった』
「ふふっ。私も赤木さんが作ってくれるミートソース以外は食べなくなっちゃいました」

 そう言って芽依が食べている料理はカルボナーラだった。
赤木の物悲しさの瞳の理由を芽依は知らない。まだ、彼女は何も知らない。

 レストランを出た車がさいたま市大宮区を走る。土曜の歓楽街は浮き足立つ人々の集まりだ。
夜の歓楽街とは無縁だった芽依にはその区域はちょっとした異空間。

 大宮駅に繋がる線路沿いに、黄色とオレンジの光でライトアップされた建物があった。芽依を乗せた車がビル内部の駐車場に滑り込む。

入り口を潜り抜けると、各部屋が写し出された大きなパネルモニターが真っ先に目に飛び込んで来た。パネル横にはご宿泊やサービスタイムと書かれ、それぞれの時間の表示もある。

『そんなにキョロキョロするな。上京したての田舎娘みたいになってる』
「でもここって、その……」
『芽依はラブホテルも初めてか』
「だから、そんなダイレクトに言わないでくださいっ」
『はいはい。ほら、エレベーターはこっちだ』

顔を真っ赤にして膨れっ面になる芽依の肩を抱いて赤木はエレベーターで五階に上がった。

「赤木さんは慣れてますよね。こういうホテル来るの初めてじゃなさそう」
『俺も伊達に30年男やってねぇよ。この手のホテルに来たことはある』
「……女の人と?」

 天然の入る芽依の質問に笑いを堪えきれなかった。昔も芽依の一言で赤木が大笑いする出来事はよくあった。
笑うと目尻が細く下がる赤木の笑顔が芽依は大好きだった。

『男がラブホテルに男と来たことがある方が、色々と突っ込みどころがあるよな』
「それは……そうですよね……」

 芽依も質問の天然さに苦笑する。自分は恋もキスもセックスも赤木が初めての男だった。

 だけど赤木は違う。これまでにも芽依の知らない何人もの女性とキスをしたり、身体を重ねたりしてきたのだと思うと、心がチクッと痛くなる。

10年前の赤木が大学生だった頃にも、彼に恋人がいた節がある。赤木の部屋に女物の洗顔料や化粧水のボトルが置いてあったのを小学生の芽依はしっかり目撃していた。
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