【Guilty secret】
また、赤い夢を見た。赤い葉がひらひら舞い落ちる桃源郷。
私と彼しかいない夢の世界。
「どこにも行かないでね」と私が言うと彼は優しく笑って頷いた。手を繋いで二人で紅葉に彩られた道を歩く。
目の前には赤色の絵の具を空に塗ったみたいな真っ赤な太陽と真っ赤な夕焼け。赤い落ち葉と赤い空、すべてが赤色のおとぎの国で私達はいつまでも幸せに暮らしました。
──たったひとつのお願いを聞いて欲しい。
もう私を置いていかないで。
私をひとりにしないで……
*
10月16日(Sun)
午前中に埼玉を出発した赤木の車は、昼過ぎに東京都世田谷区の用賀駅前に到着した。駅前の駐輪場に芽依の自転車が駐輪してある。
「じゃあここで……」
『気を付けて帰れよ』
シートベルトを外した芽依は運転席の赤木に抱き付いた。
『どうした?』
「昨日からずっと一緒にいたからお別れが寂しくなってきて……」
待ち合わせ前の緊張感、顔を合わせた時の照れ臭さ、額へのキス、カルボナーラの味、
見慣れない埼玉の景色と初めての歓楽街、安っぽいローズの香りの入浴剤、火照った頬、赤木の細長い指、濡れた手の甲の火傷の痕、
切れ長の瞳、擦れるシーツの音、快楽の海に沈んだ真夜中、けだるい朝の目覚め、おはようの一言、朝日に包まれたキス。
全部、赤木が初めての人だった。
口付けの唇が離れたくないと叫んでいる。柔らかな接触を続けた二人の唇は唾液の糸を引いて離れた。
『帰ったらゆっくり休め』
「はい」
何度キスをしても慣れずに頬を赤く染める芽依が愛しくて、もう一度抱き締めたくなる。しかし芽依から離れた赤木の手は二度と彼女に触れることはない。
名残惜しげに車を降りた芽依は閉めた扉越しに手を振っていた。赤木も手を振り返して、芽依の姿が見えなくなると彼は車を発進させる。
用賀駅から数㎞離れた場所で車を停めて、グローブボックスに入る黒色の折り畳み式携帯電話を取り出した。この携帯は赤木の物ではない。
指定された電話番号は携帯のアドレス帳に入っている。アドレス帳欄に一件だけ登録された番号に赤木は通話を繋げた。
{俺だ}
三回目のコール音で相手が出た。通話相手は赤木がサトウと呼ぶことにした例の男だ。
『今、東京に戻りました』
{“最後の”デートは楽しめたか?}
サトウが言うには好き同士の人間が出掛けることをデートと呼ぶらしい。
『はい。“最初で最後の”デートを楽しめました』
{後悔はないな?}
『あるとすれば、これで芽依をもっと傷付けてしまう……それだけですね。最初から突き放しておけば俺も芽依も、もっと楽だったかもしれない』
吐いた溜息は空気よりも重たく沈む。10年前に犯した罪に加えてさらにもうひとつ、赤木は罪を犯した。
電話の向こうでサトウが笑っている。
{お前はとことん俺に似ているな}
『あなたも俺と同じようなことをしてきたんですか?』
{俺も最初から突き放せばよかったのに、できなかった。だから一番傷付けたくない人を深く傷付けた}
サトウの本名も素性も赤木は知らないが、二度と会ってはいけないその人をサトウは今でも大切に思っていることは、彼の言葉の端々から伝わる。
二言三言の会話をしてサトウとの通話を切った赤木は、自分のスマートフォンの位置情報からこの近辺で一番近い携帯電話ショップを探した。
赤木にはまだやらなければならないことが残っていた。
私と彼しかいない夢の世界。
「どこにも行かないでね」と私が言うと彼は優しく笑って頷いた。手を繋いで二人で紅葉に彩られた道を歩く。
目の前には赤色の絵の具を空に塗ったみたいな真っ赤な太陽と真っ赤な夕焼け。赤い落ち葉と赤い空、すべてが赤色のおとぎの国で私達はいつまでも幸せに暮らしました。
──たったひとつのお願いを聞いて欲しい。
もう私を置いていかないで。
私をひとりにしないで……
*
10月16日(Sun)
午前中に埼玉を出発した赤木の車は、昼過ぎに東京都世田谷区の用賀駅前に到着した。駅前の駐輪場に芽依の自転車が駐輪してある。
「じゃあここで……」
『気を付けて帰れよ』
シートベルトを外した芽依は運転席の赤木に抱き付いた。
『どうした?』
「昨日からずっと一緒にいたからお別れが寂しくなってきて……」
待ち合わせ前の緊張感、顔を合わせた時の照れ臭さ、額へのキス、カルボナーラの味、
見慣れない埼玉の景色と初めての歓楽街、安っぽいローズの香りの入浴剤、火照った頬、赤木の細長い指、濡れた手の甲の火傷の痕、
切れ長の瞳、擦れるシーツの音、快楽の海に沈んだ真夜中、けだるい朝の目覚め、おはようの一言、朝日に包まれたキス。
全部、赤木が初めての人だった。
口付けの唇が離れたくないと叫んでいる。柔らかな接触を続けた二人の唇は唾液の糸を引いて離れた。
『帰ったらゆっくり休め』
「はい」
何度キスをしても慣れずに頬を赤く染める芽依が愛しくて、もう一度抱き締めたくなる。しかし芽依から離れた赤木の手は二度と彼女に触れることはない。
名残惜しげに車を降りた芽依は閉めた扉越しに手を振っていた。赤木も手を振り返して、芽依の姿が見えなくなると彼は車を発進させる。
用賀駅から数㎞離れた場所で車を停めて、グローブボックスに入る黒色の折り畳み式携帯電話を取り出した。この携帯は赤木の物ではない。
指定された電話番号は携帯のアドレス帳に入っている。アドレス帳欄に一件だけ登録された番号に赤木は通話を繋げた。
{俺だ}
三回目のコール音で相手が出た。通話相手は赤木がサトウと呼ぶことにした例の男だ。
『今、東京に戻りました』
{“最後の”デートは楽しめたか?}
サトウが言うには好き同士の人間が出掛けることをデートと呼ぶらしい。
『はい。“最初で最後の”デートを楽しめました』
{後悔はないな?}
『あるとすれば、これで芽依をもっと傷付けてしまう……それだけですね。最初から突き放しておけば俺も芽依も、もっと楽だったかもしれない』
吐いた溜息は空気よりも重たく沈む。10年前に犯した罪に加えてさらにもうひとつ、赤木は罪を犯した。
電話の向こうでサトウが笑っている。
{お前はとことん俺に似ているな}
『あなたも俺と同じようなことをしてきたんですか?』
{俺も最初から突き放せばよかったのに、できなかった。だから一番傷付けたくない人を深く傷付けた}
サトウの本名も素性も赤木は知らないが、二度と会ってはいけないその人をサトウは今でも大切に思っていることは、彼の言葉の端々から伝わる。
二言三言の会話をしてサトウとの通話を切った赤木は、自分のスマートフォンの位置情報からこの近辺で一番近い携帯電話ショップを探した。
赤木にはまだやらなければならないことが残っていた。